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2005年8月

2005年8月29日 (月)

疾走するせつなさ

昔、小林秀雄がモーツァルトの音楽を評して、「疾走するせつなさ」と書きました。
そういえば、CCBというバンドも「せつなさは止まらない」って曲を歌っていましたね。


・・・・・・と書いたあと、小林の「モーツアルト」を読み直してみると、ものすごい記憶違い。
まず、正確には「確かにモーツアルトのかなしさは疾走する」でした。

そして、もともとは、アンリ・ゲオンというフランス人の「モーツアルトとの散歩」という本からの引用だったのです。
小林オリジナルの名言かと思ってた、、、、。

いやあ、記憶力ってほんと、怖いですね。


それはともかく、「疾走する哀しみ」を感じる音楽といえば、例えばラベルのパヴァーヌ。
ピアノ独奏、しかも変にテンポをためて思い入れたっぷりに演奏してないやつ。サムソン・フランソワとか。

あとは、以前に触れた「そして、僕は途方に暮れる」(大澤誉志幸)もいいですね。

これらのは悲しい曲なんだけど、決してテンポはゆっくりではなく、むしろ、かなり速め。次々と曲が展開していきます。この「次々」感が、涙腺を刺激してくれるのです。

例えて言えば、桜並木を歩いていて、一斉に桜が散っていて、あまりにも桜が散っていくので、そして、散ってしまう花びらが多すぎて一つ一つ追えなくて、「もう散るな!」と思いながら、でもどうすることも出来ずに立ち尽くしているような感じ。

こういう感覚を知ったのは、子供の頃たまたま読んだこの本がきっかけだったなあ。

今、アマゾンで調べてみたら、えらく高いんですね、これ。プレミアがついてしまっているんだ、とおもうとちょっと悲しい。たしかにカルトな少女漫画だけど、私が出会った当時は、400円もしないコミックでした。
こうなってしまうと、私のように「何気なく出会って、出会い頭にがーんと衝撃を受ける」ことができなくなってしまうじゃないですか。
いろんな人が何気なく出会えるために、復刊してほしい。


そうそう、音楽の話でしたね。
そういう、疾走する哀しみを感じるのがこれ。

80年代に活躍したPINKというバンドです。セッションミュージシャンが集まった「バカテク」バンドなのですが、福岡ユタカさんの声と、作曲の力で、無国籍な世界が現れてきます。ほんと、名曲が多いアルバムです。

うーん、これも廃盤か。
でも、こっちの方は新古書店のCDの棚でよく見かけます。

ちょっと疲れたのでいったん中断します。
またこの項は書き直さないと、、、、。

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2005年8月28日 (日)

裸足でドライブ

昨日、台風一過の炎天下の中をクーラーもつけずドライブしていました。

ふと思いついて、裸足でアクセルを踏んでみました。すると、いつもの靴越しとは全く違う感触。

アクセルの微妙なアソビとか、踏み込みに応じて微妙に歯車が回る感じとか、ものすごく、「機械を操作してるんだ!」っていう感じが新鮮でした。

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2005年8月18日 (木)

銀色夏生賛江

銀色夏生さんという詩人がいます。

一番有名なのは、大澤誉志幸さんの「そして僕は途方に暮れる」の作詞だと思いますが、最近では角川文庫から出している日記、『つれづれノート』の方が有名かも。二人の子供と気ままにわがままに暮らす彼女の日常が綴られていて、読み出すと止まらない、のですが。
この日記しか知らない人は、銀色さんってとっても変わり者、「珍獣」、みたいなイメージを持っている人も多いと思います。

でも、私的には、作詞家として大好きな人です。大澤さんとのコンビでは山ほど傑作があるのですが、詩に登場する、繊細で、自閉的で独立心が強くて、かたくなで寂しがりやな女の子は、本当に彼女だけの世界でした。

「そして僕は、、、」も、そんな女の子に突然去られてしまった男の子の呆然を描いた作品です。


わがまま、って、よくいえば自分に正直ということですよね。
自分が感じたまましか行動できない女の子。そして、その理由を説明する言葉をもたないから、いつも周りには「変わってる、自閉的」、と誤解されてきた女の子。
こんな彼女の生き方自体の美しさに惹かれた男の子は、やがて、振り回された末、彼女から唐突に別れをいいわたされるでしょう。もちろん、男の子には理解のできない理由で。

男の子は、好きなのに相手の考えていることが最後の最後は理解できていないことに、深く傷つく。


そして、別れた後、女の子は相変わらず一人で寂しそうに閉じこもっている。


こんな風変わりな女の子像を魅力的に描いた人は、銀色さんの前にも、後にもいません。
(現実にいたら、きっと、つきあう男性は苦労するだろうけど。)


ついでに、私の好きな歌詞をちょっと引用してみます。

「今朝のポットを温めなおし
今日の日付を塗りつぶせば
仄かな明かりでニュースペーパー読み返す」~CAB DRIVER~

このCAB DRIVERは、なんとなく、ジャームッシュの映画「ナイト・オン・ザ・プラネット」のウィノナ・ライダーを連想してしまいます。全くの余談ですが。
この女の子は、寂しがりやなんだけど、次に誰かが声を掛けてくれるまでは一人で居続けてしまう、痛々しい感じがあります。

(今ふっと思ったんですが、この手の女の子が許せない人もおおぜい居そうですね。人の気持ちを弄んで、結局本気にならずに逃げてしまうタイプ、何ていって。)

なんとなく、この女の子の魅力、伝わりますか。

相変わらず今日も本題から大きく迂回しています。

では、本題。
その、銀色さんの角川文庫で出している日記シリーズ「つれづれノート」で、ときどき、「この歌にはまっている」、とお気に入りの曲を紹介することがあります。
もう十何冊でているのに、ほんの数曲しかないのですが、これが、すべて名曲。

スガシカオ「黄金の月」


カーネーション「EDO RIVER」


これらの曲に出会えたのは、銀色さんのおかげです。
さすが詩人というべきか、曲ももちろんいいんですが、この二曲とも、歌詞の突き抜け方がすごい。

ああ、お盆進行で、いろいろ曲名は出てくるものの、書き飛ばした感強し。今日登場した4曲はみんな好きなので、いつか改めてきちんと書ければいいなと思ってます。

では。

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2005年8月13日 (土)

ミラーボールの光

ミラーボールって、明るい中で見るととても間抜けですが、スポットライトを浴びるとそのばの雰囲気を変えてしまう。でも、みんなが見るのはミラーボールそのものではなく、ミラーボールが生み出す光の動き。

切実な、刹那の、せつない、音楽。

ディスコミュージック+エキゾ+キャブ・キャロウェイ(ミニー ザ ムーチャーの人です)の魔術。
”Sunshower”は、ファンタスティック・プラスティック・マシーンの田中さんのコンピにも入ってました。これも大好きな曲なのですが、一曲め"I'll Play the Fool"も切ない名曲です。
無国籍の音楽を狙ったら、本当にどこにも似たものがない音楽ができあがってしまいました。


あと、このバンドって、渡辺満里奈さんのお気に入りなんですね。
恐るべきサブカル娘ですなあ。

アマゾンアソシエイトに加入しました。
リンクをクリックするとアマゾンに飛びますが、アルバムのジャケ写真を使うための著作権対策ということで、、、、。

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2005年8月 7日 (日)

選曲家の未来は明るい。(iTunesに寄せて2)

「"iTunes"が音楽を変える!!」
前回の続きです。


②「曲単位で購入が可能」という特徴について。

これは音楽の聴き方、特に「子供が音楽と出会う場面」を大きく変えるでしょう。

このブログでもくりかえし書いたことですが、私は金がない子供時代、「とにかくこれをわかるまで聞こう」という、ある意味、修行みたいな聞き方をしていました。
音楽を聴く耳を育てるには、ある時期、こういう千本ノックみたいな修行があると、飛躍的に耳が伸びるものだと思うのです。
それが、後で思えばいかにくだらないアルバムだったにせよ、そのアルバムがあるからこそ、様々なアルバムが比較できるという、いわば「座標軸の交点ゼロ」ですね。

必要な楽曲だけを手に入れられるという現在の仕組みは、(大人にはありがたいけど)子供にはいいのかな、と思うのです。


でもその反面、「iTune選曲家」が職業として成立したり、さらにはヒーローになったり、なんて可能性も想像します。
なぜなら、今後開けるであろう膨大な音楽データの海を泳ぐには、信頼できるガイドが必要だからです。音楽好きは、「この演奏家」「このアレンジャー」という、検索可能な情報以外に、「こんな気分の時に聞く音楽」という、機械検索では不能な音楽と出会いたい気持ちも強いのです。

今までの音楽評論家たちも、おすすめのダウンロードリストを作る可能性が出てきます。
そして、それは確実に商売になるのです。アプレミディのように。


今回もちょっと、まじめすぎ。

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物忘れがよすぎる(iTunesに寄せて1)

アップルが日本でも音楽配信に着手!


これって、音楽好きには結構な大事件なのです。私にとっては、もしかしたらCD以上の大事件になる可能性があります。
音楽の聴き方が、根本的に変わってしまうポテンシャルが秘められている、と思うのです。


とりあえず気になるポイントはこの二つです。

①モノとしてのCDが消える
②曲単位での購入が可能


まずは①。物忘れがよすぎる私にとって、「音盤」という流通形態がなくなるような状況は、危険です。


データとして音源だけを購入すると、タイトルやアルバム名などをはっきり覚えている必要がありますが、CDの場合は、ジャケットデザイン、デジパックだったかどうか、CDの盤面のデザイン、輸入版特有の臭さ、など、けっこう細かいところまで覚えていて、それが探す手がかりになるものなんです。

「タイトルもアーティストも正確に思い出せないけど、デジパックでジャケの背が真っ赤なやつ」なんていって探したりね。
そして、音楽を整理するっていうことは、正確な曲名とかより、そういう雑情報が「カギ」なんですね。

昔、「アルバムのは2千枚までにしろ、それ以上持っていても自分で持っているかどうか判らなくなるから」なんてことを言われたことがあります。
2千枚という数字はともかく、自分が買ったかどうかって、枚数が増えていくとあやしくなり始めます。

データで買うようになると、

膨大な、「一つ星(まだ聞いてない)曲」が溜まって、やがてなんでこれを買ったのかも思い出せないようになって、結局死ぬまで聞かない、とかね。


ここが解決しないかぎり、私はモノとしてのCDを買わざるを得ないと思うのです。

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さて、今日の文脈からはずれますが、モノとしてのCDが消えると、

A ジャケのアートワークの消滅⇒楽しみが減る
B メンバー、録音データなどはどう伝達されるようになるのか

このあたりのことがどうなるかも気になるところです。


Bについていえば、今後制作されるアルバムについてはデータ化していくとして、古いものの再発なんて、もう一回データを入れなおすんでしょうか。ものすごい手間が予想されますよね。ただ、そのデーベース化が完了すれば、あるバッキングマンの一年の仕事を順に追って聞く、なんて恐ろしいことも可能になってくる。これは、ものすごい可能性であることは否定しません。

②「曲単位で購入が可能」という特徴は次回。

今日の話はちょっと、まじめすぎ?

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2005年8月 5日 (金)

顔力2

意外にも泣ける曲多し。
P-FUNKの名盤。

maggot

Funkadelic / Maggot Brain
言いたいことが多いと顔にも力が入る。
ピンカラ兄弟のおじさんのように。
この1曲目は、酔っ払うと聞きたくなるなあ。

すごく酔っ払ってジミヘンとか聞いてると、気がつくとこんな顔になってることが、、、、。

「エア・ギター」ならぬ「顔ギター」。

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