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2005年11月

2005年11月27日 (日)

押さえなくても

また、チェロのレッスンに行ってきました。

今回の驚きは、「A線(1弦、いちばん細いのです)は指板に押しつけなくても鳴る」という事実。

私は、ギターをやっていたため、弦はフレットにきちんと触れてこそ鳴る、と思っていました。
ギターだと、触れただけで弾くと「ポコ」という、ミュートした音しか出ません。

ところが、細い弦の高音部を鳴らすレッスンをしていて、先生がふと、
「あ、そんなに無理して押さえなくても鳴りますよ」とアドバイス。

ためしに、指板に弦を当てずに弾いてみると、、、、、、

鳴る!

先生によると、ガット弦を使っていた昔はもちろんこんなことは無理だったそう。
先ほどのギターと同じで、きちんと指板に弦が当たっていないと、音がうまく出ません。

この奏法は金属弦だから可能になったんだそうです。
一弦の材質や太さなどは、この弾き方をして自然な音が出るように作られているのだとか。

当然、高音域の早いパッセージが飛躍的に楽に弾けるようになりました。

以前、この100年で、チェロぐらい奏法が進化した楽器はない、と先生は言っていましたが、こういう技術的な進歩も大きいんですね。

初心者なので、まだまだ、驚くことが沢山ありそうで楽しみです。

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2005年11月25日 (金)

世紀の発見

(このあいだ、気を張って書いたけど、ボツにした原稿です。
まあ、「青春の記念」に、アップしておくのもいいかな、と思い直しました。)

"Thelonious Monk Quartet with John Coltrane at Carnegie Hall"

驚きの新発見。
1957年、モンクとコルトレーンの共演です。


発売後すぐに手に入れ、もうずっと聞いています。
何か気の利いた感想を言おうとしても思い浮かばない。

音最高。

演奏最高。

さらに、この時代のモンクとコルトレーンのライブテープは存在しないといわれていたのに、突然の発見。

そして、発見からわずか半年後に発売!!


なにより、もし録音した57年にすぐ発売されていたら、フツーに大名盤として愛されていたアルバムでしょう。
それが、なぜか今年、50年もの眠りから覚めたのです。

興奮以外の反応ができないアルバム、それが"Thelonious Monk Quartet with John Coltrane at Carnegie Hall"です。

、、、、、、、、、、、、、、、、。

57年はモンクにとって伝説的な年でした。
伝説のピアニストの伝説の年、です。

ざっと、彼の略歴をたどってみましょう。

モンクは17歳からプロのピアニストだったので、芸歴は長いです。
ミントンズ・プレイハウスというライブハウスでバップの誕生に立会いつつ、47年、30歳のときにブルーノートでリーダー・アルバムを出して、ようやく世間に認知され始めました。

ところが、51年、モンクはバド・パウエルと一緒に麻薬所持で捕まってしまい、キャバレー・カードを没収されてしまいました。

”キャバレー・カード”とは、ニューヨークのクラブで演奏する免許。
キャバレーカードがないと、ライブという貴重な収入源を失うだけでなく、人前で演奏する機会を失ってしまいます。

モンクは、それでも、ニューヨークで作曲活動(そして、たぶんジャムセッションも)を続ける道を選びます。
奥さんを働かせながら、、、、、、、、。

モンクは、モダンジャズが形成される、まさにその場にいたのに、誰にも演奏を聞いてもらえないという、最悪の立場にいたのです。

いきあたりばったりのセッション的なレコーディングしかさせてもらえなかったプレスティッジ時代を終え、リバーサイドに移籍。ここでよき理解者、オリン・キープニューズとレコーディングを始めたのが55年、38歳。
「売れる」モンクを狙って、2枚のカバー集(エリントン集+スタンダード集)で心機一転!

ようやく運が向いてきた、かのように見えますが、、、、、、、、売上的には失敗。

スタンダード集「ユニーク」での"Tea for Two"とか、有名なスタンダードが、コードからリズムから、みんないじられていて、とても楽しいアルバムですけど。

モンクの音楽は、ジャズの常識を前提にして、そこから微妙にずれる「ズレ」のおもしろさが魅力なのですが、まだまだ、当時の聞き手は、「ジャズの常識を知ったうえで楽しむ」ほどには成熟していなかったのかも知れません。

しかも、このころ、自宅が全焼。
ピアノも楽譜も失うという、もう、冗談のような逆境が続きます。

(モンクの「変人」エピソードで、難曲なのに楽譜を持ってこなかったのでスタジオ大混乱、というのがありますが、この火事のため、そもそも楽譜がなかったのでは。
あ、でも、火事からはかなり後の、タウンホールでのライブ映像にも、楽譜がなくて混乱するシーンがあります、、、、、、もしかして、火事をきっかけに、楽譜を見せないほうがいいセッションになることに気付いてしまったのかも、、、、、、?)


さて、キープニューズとモンクは、売れないことで逆に開き直って、56年には、モンクの作曲をフューチャーした”ブリリアント・コーナーズ”を発表。

モンクの俺節全開のアルバムです。

タイトル曲"Bririant Corners"は、何テイクも重ねるも、メンバーは、結局一回もまともに通して演奏できなかったほど。

後日、オリン・キープニューズの話によると、「ブリリアント・コーナーズ」は、何テイクものNGから、キープニューズが使える部分をテープ編集で繋ぎ合わせてなんとか完成したらしい。(モンク”コンプリート・リバーサイド・レコーディングス”のライナーノートより)

ちなみに、まともに演奏できていないためか、「別テイク」も存在しません!

オープニングはこれ、ソロはこれがいい、このテイクは短いけどエンディングはきちんしてる、、、、、、
つぎはぎだらけのこの曲、まるで「フランケンシュタイン」のモンスターですね。

この曲、ライブでは残されていないのですが、このレコーディングでよっぽど懲りたのかもしれません。


ブリリアント・コーナーズ=「輝ける曲がり角」(しかも複数形)、です。
このタイトル、なんだかよくわからないけど凄くて綺麗、ってのがじつにモンク的です。

ジャズの新たな局面がここから開ける、っていう決意表明かもしれません。

ところが、これが、意外に評論家からの受けがよく、モンクはさらなるレコーディングのチャンスを得ます。


ここからようやく本題。
講談なら張り扇が入るところですね。



さてお立会い、パパン。


モンク40歳、コルトレーン31歳。

この年、モンクはキャバレーカードをついに奪回します。


57年4月には、ほぼピアノソロ(一曲だけコルトレーンとの初共演を含む)の"Thelonious Himself"、6月には "Monks Music"(これも混乱セッションで有名です)。

そして、カードを手に入れたモンクは、コルトレーンと、ファイブ・スポットというライブハウスでのライブを始めます。

生きながら伝説だったモンクの久方ぶりのライヴ。しかも、マイルス・グループで評判の若手サックス奏者との共演です。世間の注目は否応もなく高まります。

実は、このときコルトレーンはマイルスのバンドをクスリでクビになっていました。
いわばモンクに拾われて、起死回生のチャンスを掴んだのです。

コルトレーンは、この時代が自分の重要な転機だったと述懐しています。麻薬依存から抜け出し、モンクの個人教授を受けて、コルトレーン・スタイルの芽が出始めていました。

そして、一方、モンクも、最も多作で、クリエイティヴな時期を迎えていました。


というすごいバンドの演奏が、57年、連夜ファイブスポットで繰り広げられていたわけです。


というわけで、今までのほとんどのジャズガイドには、「この演奏は残されていない、残念です」と書いてあります。

いや、ほんと。

実は、二人のスタジオセッションはいくつか残されています。
しかし、ライブとなると、58年に一度だけ再会したこのセッションが残されているだけでした。

これも、1993年に発掘されたときはけっこう騒ぎになりました。
なにしろ、、”LIVE AT THE FIVE SPOT DISCOVERY”。

DISCOVERY=発見!!ですからね。

これは、コルトレーンの奥さん、ナイーマが個人的に録音していたもので、ポータブルテレコだから仕方ないんですが、かなり音質、バランスはひどいです。
シメの曲「エピストロフィー」は、テープが足りなくてフェードアウト、という、、、なんとも。

ただし演奏は最高です。コルトレーン、止まりません。

このころ例の「シーツ・オヴ・サウンド」が完成したんだそうで、とにかく、コルトレーンは他のメンバーがあいづちを打つ暇もなく喋り倒す、、、、ではなくて、吹き倒してます。
ちょっと、いくらなんでも喋りすぎですよ、ジョンさん。
と思う瞬間もあるのですが、鬼気迫るライヴ盤であることには間違いありません。

(ちなみに、このセッション、私の持っているCDには57年晩夏、とあるのですが、58年の再結成セッションというのが現在の「定説」のようです)


さて、いよいよ「カーネギーホール」のライブ盤のお話です。


ファイブスポットのライブも回をかさね、毎回満員になるほどの異常な評判を呼ぶとともに、バンドとしても練れてきた最高のタイミングで、なんと音楽の殿堂カーネギーホールでのライブ。

なぜ、こんなライブが録音されていたのにお蔵になっていたのか、のほうが不思議なアルバムだということが判ると思います。
VOA、ヴォイス・オヴ・アメリカが録音した、チャリティーコンサートということで、他のメンバーも豪華です。
レイ・チャールズ(!)とか。(ライナーを読んでいると、このへんも、いずれ発売されそうな感じがあります)


しかし、、、、。


コルトレーンは、このライブの後、マイルスに再び引き抜かれます。

モンクとともに音楽的成長をとげ、おまけに麻薬からも抜け出したコルトレーン。
ようやく正当に評価されるチャンスを得たモンク。

二人が一緒に演奏していたのは、わずか1年ほど。


これは二人の短い蜜月が終わる寸前の記録なのです。

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ボタンダウンのハービー・ハンコック

菊地成孔編集のCDガイド本が出ました。

「菊地成孔セレクション ロックとフォークのない20世紀」

ラテン、ジャズ、現代音楽など、7人の論客が用意した490枚のCDを、菊地さんが「自分の個人史的に重要(!)」という視点からさらに選んだものです。
それぞれの選者のコメントと、菊地さんとの対談、菊池さんのエッセイがバランスよく配置されています。

一読、いつもながら、寸鉄人を刺す一言が充実してます。
たとえばこれ。対談の一節です。


大谷   続いてハービー・ハンコックです。
菊地   プレッピー!いきなり第一ボタンがはめられてる。


こんな感じで、聞き手の先入観を鷲づかみに支配する一言がちりばめられていて、読み終えると耳が「菊地」になっちゃうこと必至です。
こんなセリフの後で「処女航海」を聞いて、ボタンダウンのシャツを着たハービーを想像しないのはかなり難しいと思います。


対談で出た話でおもしろかったのは、チャーリー・パーカーとマチートの共演盤についてのコメントで、(要約すると)「それまではニューヨークでバーチャルなラテンをやっていたパーカーが、本場のラテンパーカッショニストと初めて組んだ作品」という指摘。
ラテンジャズのアルバムを何枚もひっくり返してみたくなりました。

こういう風に、音楽を聞きたい欲望を駆り立てるという意味では、菊地さんはほんと随一です。

本は、まずは一般的なCDを押さえるという視点に貫かれているので、けっこう自分で持っているアルバムも多かったです。でも、だからこそ、「このアルバムはこう聞くのか!!」という驚きもあって、楽しさ倍増でした。

自分の盲点が80年代以降のジャズだということが改めて判ったのも収穫でした。


そして、最後の最後に「あの一枚」についてエッセイで触れていたのにも感動しました。
(アルバム名は一応伏せます)
菊地さんは、自分なりの美学も知識もあるけど、まずは誠実なリスナーなんだな、って思える、暖かい文章でした。


いやあ、おもしろかったので昨夜一気読みし、すぐにアップします。

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2005年11月22日 (火)

うなるピアニスト

唸りながら弾くピアニストって、けっこういますよね。

ラテンだとエディー・パルミエリ。
ジャズならセロニアス・モンク、キース・ジャレット。
クラシックならグールド、グルダ。
まだまだいるでしょうけど。。。。。。

私は、時々遊びで、唸り声だけ意識して聞いたりしてます。
ピアニストが、演奏のどの部分に気持ちを込めているか、わかったりすると楽しいんです。

特におもしろいのはモンク。
ソロのとき、自分のアドリブに対して、声でもう一つ別のアドリブをしているようです。
どんなメロディーがモンクの頭の中で鳴っていたのか、想像すると楽しいです。

あと、モンクで言うと、メンバーのソロ中、伴奏しながら「うー」、と声を出しているときもあります。

これは、単に、声を出すのが気持ちいいから出しているんだと思います。

グールドについては、うなりではありませんが、ソロピアノ演奏中、右手で弾きながら左手で自分を指揮するという奇妙な癖があって、この動きについてはなんと論文もあるんだそうです。
私は未読ですが、左手の指揮は、スラーなどの記号の延ばし方について指示をしているように見える、とか、詳細に分析しているらしいです。

おもしろいなあ。

いや、そういう論文まで書いちゃう人が、ね。

なんか共感してしまいます。

さて。


唸らないピアニスト(つまりほとんどのピアニスト)って、自分の音を最大限にきちんと聞いてもらうために、唸らないように気をつけているわけですよね。つまり、出ている音そのものが「作品」で、唸り声はそれを邪魔する「ノイズ」です。

この思いは、聴衆にも共有されています。

クラシックのライブを聞いていると、演奏が終わったとたんものすごい咳をする人がいます。
演奏中は静かにしなきゃ、っていうプレッシャーを感じながら、咳を我慢して我慢している、っていうことですよね。


さて一方。


唸る方のピアニストは、その「ノイズ」が、音楽にとって邪魔だと思っていないように思えます。

弾いていて、気持ちよくなって、思わず声が出てしまいそうな時がやってきた、と。
そのときに、声を我慢しない方が乗って弾けたり、いいメロディーが出てくるなら、声を出してもいいや、と考えてしまうこと。

(聞き手の立場から見ても、咳をしても可、ボリボリ頭をかいても可、笑っても可なわけで、気楽に、その分音楽に集中できます。)


さて、この、唸る方のピアニスト。自分が出す音それ自体が作品だとは考えていないフシがあるように思われます。

自分の頭の中に音が鳴っていて、それはとりあえず「ピアノという道具」を介して音となって、聞き手に放たれる。聞き手は、その音をもとに、演奏者の頭の中になっている音楽を自分の中に再現する。
そんな伝え方、聞かれ方です。

例えば、戦前のブルースを聞くときのことを考えてみてください。

パチパチ、プチプチ、サー、という音はするし、ヴォーカルはゆがんでいて、低音もモコモコの極み。
でも、そのノイズや音の悪さの向こうに見える、演奏者の顔やギターを弾く指先を想像しながら聞くから感動があるのです。


唸るピアニストたちは、自分達の音楽も、そうして聞かれるべきだと考えているようなフシがあります。

問題は音そのものではなく、その音をなぜ自分が出したかという理由がきちんと聞き手に伝わるかどうかです。

演奏が終わったとき、最後に聞き手の心にどんなイメージが残るかが大事。
唸り声だの、余分なノイズが入ってもかまわない。っていう感じです。


さて、
うなるピアニストは、だいたい奇行で有名な人が多いです。

例えば、
モンクは、隣り合った鍵盤を同時に押さえることがあります。
このせいで、モンクは下手だのさんざん言われてきたわけですが。

でも。モンクを聞いていると、半音ずれた不協和音そのものを聞いて欲しいというよりは、
「この二つの音の間に俺が出したい音があるんだけど、どうも、ピアノってやつはそういう器用なことができなくてさ。まあ、ちょっと想像してちょ。」と、そこから先を聞き手に委ねているようにも聞こえます。

ためしに、二つの鍵盤をガンガン連打するモンクの顔を思い浮かべながら聞いてください。
「この音ではない何か」(「ここではないどこか」)を強烈に求めるモンクの気持ちが、わかるような気がしませんか?


また、例えば。
グールドは、最も暗譜しやすい環境は、部屋で掃除機がわんわん鳴っている状態だと常々言っていたそうです。

また、練習はしないのか、と聞かれたとき、「車の中や散歩をしながら何度も頭の中で鳴らしてみる、それで十分なんです」と答えたそうです。
どちらも、自分の頭の中できちんと音が鳴っていればOK、というグールドの姿勢が感じられるエピソードですね。


(ここで脚注。

モンクは、ピアノには全くこだわらなかったそうですが、グールドは、30センチほどの異常に低い椅子(崖をよじ登るような姿勢で弾くわけで、やっぱりフツーじゃないですね、この人)にこだわり、生涯使い続けたとか、チェンバロ的な響きになるように、ピアノの弦を叩くフエルトを取って金属で打弦するように改造したとか、道具へのこだわりも見せています。

このグールドのエピソードは、上で述べてきた「音へのこだわらなさ」と反するように見えますね。

でも、椅子で言えば自分の一番好きな姿勢で弾けるように、ピアノで言えば自分の思い通りのタイミングで音が出るように、楽器が自分の一部になるようにカスタマイズする、ということで、音へのこだわりというよりは、道具へのこだわり、という話だと思うのです。

                     脚注終わり。)


こう考えてみると、モンクとグールド、二人の変人ぶりを示すはずのエピソードが、なんとなく、二人の音への真剣さ、誠実さを表すエピソードみたいに聞こえてきませんか?

グールドについては、聴衆の前で生演奏をすることをやめ、レコーディングオンリーのピアニストになってしまった話をしたいと思っています。それはまたいつか。

ちょっと、今回、風呂敷が大きすぎて、あんまり「みみをすます」気分の文章ではなかったかな。

もう少し、個別の音にこだわった話をするのが本道かな、と思っていますが、今日はこんな気分でした。

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2005年11月20日 (日)

チューニング狂ってますよ

先日、NHKの「のど自慢」で、メキシコだかからの放送でした。
ここで、ベサメムーチョ(だったかな)を歌う外国人にショックを受けました。


あんまり下手だったんで。、、、、、、、。


外国人の下手な歌を聞く機会ってないなあと、変なところに感心してしまいました。

同僚に外国人がいたりすれば日常的に経験するんでしょうが、、、、。
今の私の環境だと、外国人の歌=「超上手くて歌で食っていっている人」。
CDとか、TVとかしか聞く機会がないもんですから。


という導入とかんけいあるんだかないんだか。
今日は、音程悪いじゃん!と私が感じたCDをご紹介。
まずは、ジョン・フェイヒー。

アコースティックの名手としてよく聞く名前ですが、このアルバムの一曲目、どうもチューニングが外れているような気が。
ある弦が鳴ると、他の弦がそれに共鳴しますよね、その音がどうも音程悪いような、、、、、、。気のせいかな??


さて、フェイヒーのは、もしかしたら私の耳のせい(?)って気もするんですが、これは明らかにおかしいですよ。

このアルバムの3曲目、ギターのチューニングがどの弦も半音の3分の1ぐらいフラットしてます。
ギターが、このちょっとずれた音程で合わせてしまっているので、一本、二本の弦が狂っているのと違い、ずーっと気持ち悪いんです。
裏ではキーボードがずっと鳴っているんで、よけい。

このアルバムは、トミー・ゲレロの初期の宅録で、デモっぽい曲もあるようなラフなつくりです。
でも、チューニングはなあ。曲自体はいいのに。

ともかく、これが普通に売られているのにはちょっと驚きました。


最後、これは、、。怒られちゃうかも。

これ、前半がコルトレーンカルテット、後半がアーチー・シェップカルテットのアルバム。
この、コルトレーンの音程が悪くて、、、、。

コルトレーンは何枚か持っていますが、その中でもここまでフラットしてしまうのは珍しいかも。
ちなみに、アーチー・シェップの方は大熱演!すごい演奏を繰り広げていますので、私は後半だけ聞くことにしています。


ってことで、今日は珍盤紹介みたいになっちゃいました。

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2005年11月16日 (水)

爆笑。

つい先日、このアルバムを聞いていて、爆笑しました。


Tom Ze 邦題は「創作ゲーム」。
邦盤は廃盤になってしまってます。

中には、トンゼー自らが考案したという、様々なオリジナル楽器の音も使われています。

まず、何種類ものクラクションをボタンで鳴らせるようにした、一種のキーボード(?)みたいな楽器があります。かなり複雑なリズムで、音程もあるので、こちらは普通に楽器として鳴っています。
先日カーステでかけたら、周りのクラクションと区別がつかなくて参りましたけど。

でも、何と言っても爆笑したのは、掃除機の楽器です。
スイッチを入れてから時間が掛かるので、クラクションみたいに綺麗になりません。

「~~ぅぅぅぅぅぅぅううううううぅぅぅぅぅ~~」

って鳴るだけ。でも、爽快に気持ちいいんです。

そういえば、もう一枚持っているので、ノコギリの音がリズムとしてずっと鳴っているってのもあったなあ。


こういう、ちょっとプログレッシブなものを聞くときって、明らかにタイミングがあります。
このときは、爆笑した後、
「トンゼーがやっと判った!!」とハイになって、フリー系のジャズをいくつか聞いてみました。

実験(?)の結果、アルバート・アイラーのゴーストは楽しめました。

けっこう笑えて、爽快な気分になれたので、成功!


ポップミュージックだと、一度わかれば二度目の楽しさは約束されているようなところがあります。

が、経験的に言って、この手の音楽は、一回判ったからといって、後日同じように楽しめるとは限らないのです。

一期一会。

また、時間を置いてトンゼーは聞いてみて、爆笑できるか試してみようと思っています。

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2005年11月15日 (火)

今日、公園で

今日、公園で、子供が、
「これ、魔法の砂なんだよ。落ちる前に消えるんだよ」
と、さらさらの砂を目の高さから落としていました。


砂は、子供の手から、風に舞って消えていきました。

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メゾン・ド・ヒミコの雨音

メゾン・ド・ヒミコ、見てきました。

先日細野さんのサントラだけは買い、早く見たいなあ、と思ってはいたのです。

映画は、まず、夜の街のモノクロ写真とざわめきから始まります。
数枚の写真とナレーション(筒井康隆!)で紹介されるのは、新宿で人気を集めたゲイバー「卑弥呼」。
やがて、初代ママの引退に当たって、ある男が店を任され、この二代目ママの手腕で、「卑弥呼」は伝説の店にまで登りつめる。
しかし、「卑弥呼」は2000年に突然店を畳む。

そして、その二月後。海辺にひっそりと、「メゾン・ド・ヒミコ」という名の、ゲイ専門の老人ホームがオープンした、、、。


こうした昔話の後、映画は、午後の雨から始まります。

夏間近の、大粒の雨。
やがて、雨音がもれて聞こえる、平凡な事務室の俯瞰。
ここで、女性事務員がお茶を注ぐ、その急須へとカメラが下りていくと、その水音が大きく聞こえます。

ここでの水の音は、真綿で締め付けられるような救いのない閉塞感を表す「音」です。
この、雨音とお茶を注ぐ音に導かれて、ヒロインが登場します。

これは、ただ一つの音も聞き逃せない、「音の映画」でもあるのです。。。。。。。。。。


こうした現実の音だけでなく、細野晴臣さんの音楽がまたすばらしい。

「悲しい」「うれしい」「つらい」「せつない」、というような言葉になる以前の、些細な心のゆらぎが、そのまま音になっているんです。


ストーリーの概略だけお話しすると、

田中泯(みん)演じる父。ゲイの世界に入り、家族を捨て、妻の葬儀にも立ち会いませんでした。しかし、病に冒され、間もなく死を迎えようとしています。
柴崎コウ演じる、その父に恨みを持っている娘。
そして、田中に、一目娘を合わせようとする、父の愛人、オダギリジョー。

この3人が、父の作ったゲイのための老人ホームで繰り広げる物語です。

やりよう一つで、コメディーにも、深刻な社会派ドラマにも、単純な「イイ話」にもなりうる素材ですが、この映画はそうした型にはまらず、脇役も含めた登場人物の心の揺れを丁寧に描いてゆきます。

前半は、すごく映画的な緊張で引っ張られてゆき、こんなに静かな映画なのに、息をつく間もありません。

オダギリジョーと、柴崎コウの二人が、恋愛感情を抱き始め、ベンチに二人で座っているシーン。
ちょっと俯瞰気味に置かれたカメラが、二人の微妙な気持ちを見守るように回る。

最初は全くの無音です。
続いて、かすかな電子音がざわめく。
そして、心の奥が温かくなるような、キーボードの和音が、二人の距離が近くなったことを教える。

セリフもない、映像の動きもない、地味なシーンなのに、映画の流れと完全にシンクロした細野さんの音楽が、シーンを成立させてしまっているのです。
映画音楽、というよりは、「映画音響」ですね。


静謐で透明な、いい映画です、と言いたいところですが、これ、なかなか一筋縄ではいかない映画です。


中盤以降、登場人物の心の揺れを丁寧に描きすぎるせいか、映画は一瞬迷走します。この話がどこへ行こうとしているのか、わからなくなってしまうのです。

でも、やがて、柴崎コウとオダギリジョーのダンスシーン(!)や、柴崎コウのコスプレシーン(!!!)を交えた力業で物語が進み、脚本の力でねじふせて終わります。


映画の混乱の原因の一つが、こういうことです。

ゲイの仲間が脳梗塞で倒れ、きちんとした介護が必要になります。

メゾン・ド・ヒミコでは介護する力はない。
さらに、彼は家族に自分がゲイだと打ち明けていない。
その上、性転換手術を受けている(映画では明確に言っていないけど、多分、、、)ので、介護で下の世話をしてもらえば、家族が親の秘密を知ることになる。

彼を、どう扱ってあげれば、彼にとって、また家族にとって、いいんでしょう。

ゲイの人たちは、自分の性的嗜好を世間から隠さねばならないし、人生の一部(家族との暮らしとか、社会的成功とか)をあきらめなければいけない(というのが、この映画の前提です)。

そんなとき、人はどう晩年を迎え、死ぬのか。


映画のクライマックス、柴崎コウは、メゾン・ド・ヒミコの存在自体を「こんなの、うそじゃん」と否定します。

柴崎コウは、とても正しい。
確かに、ヒミコは、年老いたゲイたちの欲望が生み出したゆがんだ装置です。
欲望の赴くまま過ごした若い頃を永遠に続けるのは無理です。

だから、そこには山ほどの嘘と、ペテンと、老いた自分に向き合いたくない甘えがあります。


でも。

結果として必ず負ける戦いは闘ってはいけないのか。
そういう戦いだからこそ、まぶしいほど最高な気分が味わえる瞬間があるんじゃないのか、とも思うのです。

日常の、言葉にできない感情のうごめき。
そして、突然訪れる、アッパーな歓びと、死ぬほどの落ち込み。

映画は、繊細な心のひだも描きますが、ダンスシーンに象徴される、刹那的で、だからこそギラギラに輝く瞬間も、同時にすばらしいものとして描いています。
このさじ加減の絶妙さが、この映画を一言で「癒し系」だの「しみじみ」だのとくくれない恐ろしさだったのです。


ディスコで「また会う日まで」を一緒に踊る柴崎とオダギリは、一瞬だけ心を通わせた気持ちになります。
でも、その数日後、寝ようとした二人は躓きます。
柴崎は、「ゲイは女を愛せないだろう」という思い込みにつまづき、オダギリは、自分の性的嗜好は彼女には理解してもらえない、という思い込みに、つまづくのです。

もうちょっと試してから諦めればいいし、「別に寝られなくてもいいじゃん、一緒に寝られれば(意味不明?)」、と、思ってしまうのは、意地悪な感想でしょうか。できないから抱き合う、っていうのは、お年寄りの性のいちばん円満な解決方法と聞いたことがあります。

それよりも、抱き合うことが大事だと考えられなかった二人が、ちょっと残念であります。


さて、
私はめったにパンフは買わないのですが、映画がよかったのでつい買ってしまいました。

このパンフで知った、映画を見るための重要な補助線、それが「大島弓子」です。
監督は、大島弓子が大好きなんですね。
大島さんは「綿の国星」などで知られる、伝説的少女漫画家です。

彼女の作品には、相手のことを判りたいという切実な思いと、でも相手のことは絶対に判り得ないという深い絶望が共存しています。

それを、「判らないからダメだ!」とあきらめるのではなく、「判らないけど、判りたいというこの思いは嘘じゃない」と、肯定的に考える力、それが大島さんの作品を貫いています。

女性を愛したゲイは、その女性と寝られるのか。寝れなければ、その愛はどうすればいいのか。この問題設定も、実に大島的でした。

もう、今回の文章はまとめようがないくらいに破綻してきました。
タイトル「メゾン・ド・ヒミコの雨音」からも、ずいぶん遠くに来てしまいました。

が、そのついでにこの本を紹介します。

大島弓子、「ダリアの帯」。

子供を流産し、心のバランスを崩した妻と、その妻に付き合うのに疲れきった夫。
ある日、家の中に土を持ち込んだ妻を見て、夫は、判るのです。
妻は子供の喪服としてダリアの帯をしめたくて、その下絵を描くために、部屋でダリアを育てようとしているんだ、と。
そして、夫は、妻と一緒に生きていく決心を固めます。

・・・・・・・
人と人は分かり合えないかもしれない。
分かったと思った一瞬も、もしかしたら、幻かもしれない。
でも、その幻を信じてみるしかないときもあるんだ。

こんな気持ちを維持するのは無茶苦茶体力が要ります。
が、「メゾン・ド・ヒミコ」を見ると、そんな無理をしたい気持ちが、またよみがえるのです。

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2005年11月11日 (金)

レナード・コーエンの茶会

奇妙にリアルな夢を連続して見たので、書いておきます。


先日、同窓会の案内ハガキが届きました。で、見た夢。

①----------
木造の古い校舎。見覚えあるその応接間に、私はパソコンを置いて仕事をしている。
この部屋に入っていくところから夢は始まる。

入ると、今の会社の同僚達がわいわい休憩中。
仕事にならないな、と思って、ちょっと喋って出て行こう、と思い、
椅子を見ると、緑(茶色?)のしっかりした生地で、袖裏だけ派手なマーブルのランダムな水玉模様という、ものすごく派手なギャルソンシャツがかかっている。(実際には、こんな派手なの持ってないし、買わないと思うけど)そのシャツを羽織って、部屋を出て行く。
-----------

ここでいったん夢から覚める。本当に昔の、今はなき木造校舎だな、としみじみして、二度寝。
すると、第二の夢。

②-----------
誰もいない木造校舎の二階を急いで歩いている。
渡り廊下を曲がる辺りで、小学校時代の友人が、これまた急いでいるところにばったり出会う。
彼女は、顔は年相応に変わっていたが、すぐわかる。
楽譜の束を胸に抱えているので、「ああ、小学校の音楽教師をしているんだな」と思う。
お互いに忙しいながら、「久しぶり」とあいさつし、「どう、同窓会出られそう?」と聞くと、彼女は、「うーん、忙しいから無理かもね」と、返事をして立ち去る。

-------------
二つの夢とも、今はない小学校の木造校舎が舞台で、登場人物は今、というところが共通しています。


そして、これは別な日の夢。有名人シリーズ一つ目。
③----------
東京の本社の広い渡り廊下。天井も高く、左右に大きなガラスが入っている、開放感のある室内。
ここで、大きな柄で、厚手ヘリンボーンのコートをモコっと着ている人を見つける。
背中を見ると、服に同素材で取っ手が付いている。
いい服だなあ、と思ってみていると、坂本龍一さん。
例の白髪で、黙々と早足で歩いている。

かっこいいなあ、と思って見ていると、早足のまま、後ろ歩きになる。
坂本さんは、ポケットに手を入れたまま、こちらに顔を向けながら黙々と後ろ歩きで歩き続ける。
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去年だかのコム・デ・ギャルソンというブランドの男物(”Comme des Garcon Homme Plus”)で、背中に大きな取っ手が付いているものがありました。鞄のように持ち運べる服、というコンセプトだったのでしょうか?ただ、春夏のシーズンだったので、ヘリンボーンのコートは実在しないと思います。でも、ほんとうにかっこいい服でした。

それにしても、後ろ歩きする坂本さん、、、、、、、。
まじめな顔をしていて、こちらも反応に苦しみました。「笑える」っていうのと、「笑っちゃ悪い」という、二つの気分の間で寸止めされた感じでした。

あ、もちろん夢。現実には、坂本さんを見かけたこともありません。

そして、今朝見た夢。

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閑静な住宅街を連れと二人で歩いている。
こぢんまりした、ものすごく地味な和風の喫茶店がある。
そこのガラスの下のほうに、半紙を何枚か横につないだ筆書きのポスター。

「レナード コーエン 12月8日 SA席9820円 限定80席」

「ライブがあるんだ、これは行かなきゃ」、と思い、連れに声もかけずに、とにかく店に入っていく。
店内は薄暗くて、石畳に打ち水がしてある。
着物を着た小柄な人がいたので、お店の人かと思い見てみると、老婆のようなレナード・コーエン。

ハロー、アーユー ミスタ コーエン?」と話し掛けると、なにやらドイツ語で返事をする。
ニヒト、とか、シェーンとか、ドイツ語の断片らしきものはわかるが、何を言っているのかさっぱりわからない。

「あのお、ライブをやるんですか」、と日本語で聞くと、コーエンさんは、わりとわかりやすいカタコトで、「今はこの店に居候しています。店で12月にお茶会をするといっていたので、そのことでしょうか」、と返事する。

コーエンさんが、「あなたたちはオリーブの実を知っていますか」と聞く。
いつのまにか後ろにいた連れが、コーエンさんに「オリーブの実は不思議です、食べると必ず角のあるウンチが出ます」、と答える。「角」というところでは動作までつけて。
コーエンさんは我が意を得たり、というばかりに、真剣な表情で深くうなづく。

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分析する気さえうせる夢ですが、後半の下品な展開と、うなづくコーエンというのが妙にリアルで。。。。。。


ここのところ、ものすごく夢がリアルになってきて、それなりのストーリーがあるようになっています。
なにか理由があるんでしょうか。

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2005年11月 5日 (土)

ループする屈折---氣志團!

氣志團(きしだん)を久しぶりにテレビで見ました。
また、目頭が熱くなってしまいました。

彼らは、音楽のスタイルも、歌詞も、引用だらけ。
でも、いつも引用するものとの距離のとり方が絶妙です。
たとえば、このジャケット。

このオリジナルネタが、なんと町田町蔵(現・町田康)率いるパンクバンド「INU」の、、、

このジャケットへのオマージュなのです。

「メシ食うな」は、素直に聞けば、「つるつるの壺」なんていう、今の町田康そのままの言語感覚の曲が平然と入っている、すごいアルバムです。当時のインディーズ、パンクシーンに収まらない破壊力を持っています。
でも、INUって、今まっすぐには聞くのは骨です。
あの、作家の町田康が昔やってた、とか、インディーズパンクの、とか。
いろんな情報のチリみたいなものが積み重なっていて、「今更パンクもなあ」という色眼鏡のもと、あまり聞かれていない。

氣志團は、そういう色眼鏡をとっぱらって、「ひさしぶりにINUでも聞いてみっか」と思わせる技を持っているのです。


もう一つ、オマージュ話です。

尾崎豊の歌詞で、「俺達、まるで捨て猫みたい」というセリフとか、引用していました。
尾崎豊って、今ではかなり微妙な位置にいます。
まだ熱狂的な信者が生き残っている一方で、一般には、「終わった人」「暑苦しい人」「いつまでも青春の人」という色眼鏡が確かにあります。

正直、私は、昔から尾崎豊は好きになれなかったクチ。
そんな私ですら、今更尾崎、と、思いながらも、音楽の中に閉じ込められている否定できない「思い」みたいなものを、彼らの引用からは感じてしまいます。

その「想い」とは、みんなが恥ずかしいって言うから恥ずかしいと思って、聞かなくなって、いつのまにか「終わった」ことにしていたけど、自分の中できちんと決着をつけて否定できてはいなかった、青臭い正義とか、愛とか、真実とかです。

彼らは、いつも、そういうふうに封印されている「パンドラの箱」をうまく開けてくれるのです。
それは、尾崎の歌詞に限らず、音楽上の引用でも同じです。恥ずかしいアレンジ、恥ずかしい構成が、彼らの演奏を通すと輝かしいものに変わって見えてきます。


その理由は何故なんでしょう。自分でも、まだまだ分析は出来ていないのですが、、、、、。


氣志團は、トークの時のギャグ路線と、歌の部分の一生懸命さのギャップが激しいグループです。
トークのときは、歌っている自分達、というのをそもそも笑い物にしています。

真正面から青春を歌うのはちょっと恥ずかしいという世代を動かすには、

「ギャグをやってる」⇒
「でも言いたいことを言う時にはマジ」⇒
「でも普段はバカ」⇒
「でも、この誠実さは信じていいかも知れない」⇒
「でも、ギャグでまたごまかしちゃう」、、、、、、、、、、

という、ループしてループして、最後には発振するほどの激しい屈折が必要なのかもしれません。
屈折がハウリング起こすまで、屈折をこじらせるわけですよ!
その屈折を続ける体力も、これまたすごいんです。


さて、そんな彼ら。
今度のシングル「愛裸武勇」では、ついに、若い世代への説教を歌にしてしまいました。

簡単に弱音を吐いて死ぬんじゃない、かっこ悪くても生きてゆけ、まだおまえらなんかひよっこだ、という、あまりにもまっすぐなメッセージ。

ここでは、「盗んだバイクで走り出す」「校舎の窓ガラスを割って回った」という、尾崎の歌詞が引用されながらも、それを青いこととして否定しています。

歌詞の上でかなりの大転換だな、と思います。

もう少し聞き込んで、また、世間の反応も楽しみにウオッチしてみたいと思っています。


ところで。


綾小路さんの愛称は「セロニアス」。
もしかして、モンク好きかと、勝手に愛を感じております。

、、、、、、、、、今日はこれにて。

押忍!

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