« 2005年12月 | トップページ | 2006年2月 »

2006年1月

2006年1月21日 (土)

音楽の洪水!

いつもいつも飽きっぽくて、家で聞くときも一曲ごとCDを取り替えて、一人DJ状態の私です。

私の独断による、アルバムを最後まで通して聞ける環境、ベスト3は、、、、

第三位、ジャン!
通勤中のウオークマン

自転車通勤だと風の音が、電車通勤だとモーター音が、、、ノイズが入ってしまうので、実は音楽のディテールを3割方聞き逃している気がする。
ちなみに、iPODなんかの、ハードディスクタイプはダメ。沢山曲が入っていて、安心して飛ばし聞きしちゃうから。


第二位、ジャン!!
②カー・ステレオ

これも、ネックは走行ノイズ。あと、私の車はわずか6連装のCDチェンジャーなので、CDを交換するのが面倒というのがどうも、、、、。
でも、お気に入りの曲を大声で歌ったりできるという、「鑑賞」とは別な楽しみは、あるなあ。


そして栄えある一位は、ジャン!!!
①バー
やっぱり、バーですよ。他の客の話し声なんかはあまり気になりません。
掘っておいてくれるバーなら、それなりの音質、音量で、アルバム一枚ぐらいは軽い軽い!


でも、なぜバーにいる時はアルバム一枚をゆったり楽しめるんだろう。


この話を行きつけの店のマスターとして、出た結論。


「バーでは自分で選曲できない」。


、、、、、なるほどね!

自分が聞きたい「あのアルバム」を自由に選べないこと。そして、聞いているうちに、曲を飛ばしたりもできないこと。そういう「前提としての不自由さ」が、逆にゆったりと一枚アルバムを聞けてしまう理由だったんですね。

この曲、飛ばしちゃおうかな、もうちょっと聞こうかな、なんて悩むこともなく聞いているうちに、曲の終わり方・始まり方、曲順構成の妙など、いろんなことを考えて楽しめてしまいます。

(マスターの選曲が塞翁!じゃなくて最高!なのはもちろんですが。)


翻って、我が家での聞き方です。

せっかく買ったCDです。何回かはアルバムで通して聞きたいと思うのですが、CDの保有枚数が増えてくると、最後まで聞いてないものも増えてきました。


そこで。

ちょっと横道ですが、私が始めて買ったジャズのアルバムはこれ。

中学生時代。

ジャズについて何の知識もないまま、とにかく聞いてみよう、と思い立って、たぶん1500円ぐらいの廉価版の中からジャケ買いしました。(当時のアルバムタイトルは、"Travelin' On"。)

オスカー・ピーターソンのピアノのものすごい高速プレイと、にもかかわらずピタッと「キメ」で各楽器が息を合わせるかっこよさに、息を呑んだ一枚でした。全てのソロが歌えるまで聞き倒しました。

最初はピアノだけ聞いて、次はベースだけ聞いて、という具合に各楽器をバラバラに聞いたり。
ソロを覚えるぞ、と、一曲のソロばっかり何度も聞いたり。
最後はなぜか45回転で聞いて、これはやっぱりわけわからなかったなあ。

まあ、知識もないし、なによりお金がないせいで、レコードを毎月買うなんてとんでもないという状況のなか、否応なしに何度でも聞く、分かるまで聞くという、、、、うさぎ跳び的、千本ノック的、、、、何と言うか、ちょっと体育会のしごき入ってる状態です。

でも、この聞き方が、結構今の財産になっているんですよね。
ディテールを聞く、という基礎体力は、このとき身につけた、ような気がします。
好きなアルバム、一日に2,3回聞いたりしてましたからね。

これとか。

プリンスについては、また書く機会もあると思いますが、これなんか、単純計算して1年に500回ぐらい聞いてましたからね。私の耳を決定的に変えてくれたアルバムです。
貧乏って凄い!


さて、閑話休題。

でも、集中して聞くという修行は、全く生かされてないなあ。

書き進むうちに、今更ながら、今のCD「大人買い」な状況がよくないような気がしてきました。
いや、うすうすは感づいてはいたんですが。欲望の赴くままCDを買っちゃう状況が、却って音楽を楽しみづらくしているんですね。

といって、昔にもどるってのも、なかなかできないんですが。

一生に聞き込める音楽の絶対量って限られています。
だから、いい音楽に出会いたいという焦りがCDの大人買いを生み、でもそれが、いい音楽との出会いを却って阻害している、、、、、。

今、うちの棚に入っているCDの中に、出会い方さえよければ一生もののCDが、眠っているかもしれないんですよね、そういえば。


清貧かあ。、、、、、、、。
言うは易し、行うは難し、です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年1月17日 (火)

爆発のサンバ

週末、懇意にさせていただいているブラジル人の方の結婚パーティーがありました。

余興はもちろん音楽です。
まず、3人が演奏するしっとり系のサンバを味わって、40分もした頃。

突然うしろのドアが開くと、パーカッション部隊乱入!一緒に6人の女性がビキニ+羽根のコスチュームで登場、花嫁の父までダンスに加わって大変な騒ぎとなりました。


samba

楽しかった!
生で聞くブラジルのパーカッションは、腰に来ました。パーティーの参加者は日本人が多かったせいか、最初はみんな大人しかったのですが、後半は全員爆発!最高のパーティーになりました。


日本の結婚式って、家と家の結びつき、という部分が多かれ少なかれあって、どうしても、「代々栄える」だの、「子孫繁栄」「未来永劫」だの、なんだか、先のことを視野に入れてのお祝いというところがあります。

でも、私が今回参加したパーティーは、二人が好きになって、出会って、これから一緒に暮らせるという「今の歓び」をみんなで祝うという気持ちが強いもののように思います。
「先々まで幸せだったらもちろん嬉しいけど、その前に、好きな人と一緒に生活を始めるという今を喜ぼうよ」、という気分です。


今まで、ブラジル音楽を聞いていて不思議に思っていたことの一つが、しっとり系のサンバも、パレード系のサンバも、どっちも「サンバ」と呼ぶことでした。

そういえば、初心者向けのコンピレーションCDには、よく、「あなたが知っているサンバとは違う、哀愁のサンバがここにあります、、、、、、、、」的なことが書いてありますよね。
正直、紛らわしいなあ、と思っていました。

でも、このパーティに参加して、「サンバ」という言い方が、なんとなくわかった気がしました。
理屈でもなんでもなく、すごく感覚的なわかり方なので、言葉にしても説得力があるのかどうかわかりませんけど、、、、。


感情の爆発、というと当たり前すぎる言葉ですが。


喜びとか、怒りとか、派手に爆発しやすい感情があります。
でも、一方で、「せつなさ」とか、「寂しさ」とか、いろんな思いが複雑に絡んだものは、はっきりとした形を取りにくいし、当然爆発もしにくい。

サンバは、そういう、「曖昧な感情」、いや、そう言うと少し違うなあ。
嬉しさや寂しさや、いろんな感情がごった煮になった坩堝のような「混沌とした感情」、を爆発させ、解き放ってくれるもの、という気がしたのです。


新郎新婦のお二人の、嬉しそうな姿が常に見えていたせいか、その、「パレード系サンバ」で、みんなと一緒にさわいでいるまさにその瞬間、ふと、あまりの幸せに、泣きそうになっている自分がいました。


パウリーニョ・ダ・ヴィオラ。しっとり系サンバです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年1月 9日 (月)

龍は傷つけていません

ハリー・ポッター「炎のゴブレット」見てきました。
最後まで飽きずに見せてもらったので、払ったお金分は楽しかったかな、と思います。

最後のスタッフロールに、「この映画では、ドラゴンを傷つけていません」という一言が。
「この映画の製作で動物は傷つけていません」という決まり文句があるので、そのパロディーですね。

前回に引き続き、小ネタが続きました。
まあ、忙しいのもあるんですが。こういうネタが浮かぶんですよ。何故か。


次回は、うまくいけば、また少し長めのネタを。

では。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年1月 4日 (水)

美しい溝

今日は短く。


ずいぶん前の話ですが、イエローマジックオーケストラのレコードを初めて手に取った時のことです。
レコードの溝を見ると、斜め方向にきれいに模様が入っていました。

シーケンサーで完全にジャストなビートをキープしているので、それが盤上に刻まれると斜めの模様が入るという理屈です。
よく考えれば当然なのですが、見た目の美しさと、初めて聴く機械のビートに、いっぺんに魅惑されました。

中でも一番好きだったのがこれ。
"Simoon" Yellow Magic Orchestra

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年1月 1日 (日)

運転中号泣(危ないって!)

明けましておめでとうございます。

車を運転中、何気なしに昔のMDをかけたら、これが入っていました。

『ハイヌミカゼ』より「ワダツミの木」/元ちとせ

虚を突かれて、思わず涙が滲んでしまいました。


レゲエのリズムに紐解かれるは、悲恋の物語。

--------------------
赤く錆びた月の夜に
小さな舟をうかべましょう
うすい透明な風は
二人を遠く遠くに流しました

どこまでもまっすぐに進んで
同じ所をぐるぐる廻って

星もない暗闇で
さまよう二人がうたう歌
波よ、もし、聞こえるなら
少し、今声をひそめて
----------------------

お話は、若い男女が、海へ舟を漕ぎ出すところから始まります。
どこを目指すのか、何から逃れるのかわかりません。
禁じられた恋だったのかもしれませんが、それは歌からは読み取れません。

やがて、闇夜、波が高まったころ、少女は波に連れ去られます。
少女は海に沈んでゆきました。


----------------------
私の足が海の底を捉えて砂にふれたころ
長い髪は枝となって
やがて大きな花をつけました

ここにいるよ、あなたが迷わぬように
ここにいるよ、あなたが探さぬよう

星に花は照らされて
伸びゆく木は水の上
波よ、もし、聞こえるなら
少し、今声をひそめて

優しく揺れた水面に
映る赤い花の島
波よ、もし、聞こえるなら
少し、今声をひそめて
-----------------------

砂に根を下ろし、水の上に伸びて赤い花をつける木とは、マングローブのことでしょう。
生き残った少年のために、少女はマングローブに生まれ変わったのです。

星に照らされて伸びる枝。
やがて島を覆い尽くす赤い花の木。

例えばツタ植物のように、強い生命力を持つものに感じる畏れと尊敬の入り混じった気持ち。
とても「オーガニック」な、思いの強さを感じる曲です。

ワダツミとは、記紀に登場する、日本神話の海の神様のことだそうです。
つまり、タイトルは、「海の神の木」、なんですね。


もう、3,4年前のヒット曲です。

驚いたのは、なんと作者が上田現だったことでした。
上田現さんは、レピッシュというバンドでキーボードを弾いていた人。メンバーそれぞれが曲が作れ、歌えるという才能あふれるバンドだったため、上田さんの作品はアルバムにそう何曲も入っていなかったのですが、レピッシュの曲で好きなものはほとんどが上田さんの曲でした。


私は初めはラジオで聞き、意味もわからぬながらたいへんな衝撃を受け、すぐにCDを手に入れました。
最初は、その神話的な雰囲気と、元ちとせさんの声の魅力が大きかったと思います。

そして、歌詞を読んで、さらに衝撃を受けたのです。こんな歌詞が歌謡曲・Jポップの中で普通に流通し、みんなが聞くものだなんて、、、、という驚きです。
しかも、これがメジャーデビュー曲。プロデューサーの勇気に感銘します。


今、気になってマングローブにそういう伝説があるか、ネットでみてみたのですが、どうやらなさそうですね。
沖縄を旅した上田さんの頭にだけ宿った伝説なのでしょう。こんなストーリーを呼び寄せてしまうところが、いかにも上田さんらしいです。

それにしても、ものすごいポテンシャルを秘めた物語です。すごく普遍性があるし、本当に沖縄で神話として言い伝えられていてもおかしくないお話だと思います。


そして、レゲエも、この曲の大事な要素。思い出したのはこれです。

日本のレゲエ・ダブの草分け的なバンド、ミュー・トビート。

リーダーの小玉和文さん(トランペット)のインタビューで、
「ライブのとき、ドラムのハイハットの音だけを永遠に聞いていられる、と思う瞬間があるんだよ。そんなときは、ステージに立ち尽くして、ただ幸せに包まれて耳を澄ましている」
というようなことを話していたのを思い出しました。

ダブとは、あるときはベースのボリュームだけを上げてほかの楽器を絞ってしまったり、あるときはものすごいエコーをドラムにかけたり、、、、と、録音のミキシングで曲をまったく違うもののように作り直すことを言います。
ミュート・ビートは、本来スタジオで作るものだったダブをライブでやっちゃうという、ものすごいバンドだったわけですが、、、。

「ワダツミの木」に幻惑される要素の何割かは、たぶんレゲエという要素です。「ワダツミの木」ダブバージョン、あれば聞いてみたいし、機会があれば作ってみたいです。


ちなみに、先ほどのMDですが、「ワダツミの木」の次の曲はこれが入っていました。

「ハーメルン」/レピッシュ
(メイク、というアルバムがオリジナルです)

ハーメルンの笛吹きに、
「 ダンスはヘタだよ でも懸命に踊るよ
ねえ あのステップを 教えてよ」
と、ハーメルンの笛吹きに憧れて町を出てゆこうとする少年のお話です。

これも、ミュート・ビートを思わせる、ディープなレゲエに乗せたメランコリックな曲想。上田節全開の傑作です。


上記、神様のお話ではありますが、正月にふさわしい話かなあ、、、、。
まあ、ネタのある限り、ボチボチのペースで、今年も書き続けていければいいなあと思います。


ということで、今年もよろしくお願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年12月 | トップページ | 2006年2月 »