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2006年8月

2006年8月26日 (土)

図書館で宝探し

そこそこ。忙しいです。
ちょっと今日は簡便で勘弁を。


すごく好きな、ブラジルのアルバムです。
才女、といってもいいでしょう。
アバンギャルドなアレンジとブラジルのリズムの共存。

一緒に口づさめる、切ないメロディー満載のアルバムです。

って、アマゾンで探してみたら、1999年のアルバムなのに、ずいぶん高値なんです。7385円かあ。

実は、このアルバム、地元の図書館で借りたもの。
図書館のCD、あなどれませんよ。
地域にも拠るとおもいますが、パソコンで検索&予約できるので、意外な掘り出し物があります。

廃盤なんかが普通の顔して並んでたりするんですよね。

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2006年8月13日 (日)

暗闇のスキャナー

以前は「暗闇のスキャナー」という邦題で出ていた、フィリップ・K・ディックのSF小説です。

ディックの小説は、シチュエーションはSFなのに、小説自体のテーマは哲学的な思索小説の色合いが強いものが多いのですが、この小説も、「リアリティ」とは何か、がテーマの、一種の「哲学小説」。

物質Dという未来の麻薬を探るため、身分を隠して潜入操作中の麻薬捜査官が主人公。
薬物に次第にはまりはじめた主人公は、上司に、自分が演じている中毒患者を監視するよう命じられ、自分で自分を監視する羽目に。やがて、自我の境界線が揺らいでゆく、、、、というお話です。

やがて、クスリでぼろぼろになってしまった主人公。
その「恋人」らしき女が、彼を病院に送り込んだ時に聞く音楽が、これでした。

キャロル・キングの71年の作品、「つづれおり」です。

名曲ぞろいのこのアルバムの中で、「スキャナー・ダークリー」に登場するのは、タイトル曲ながら比較的知名度が低い「つづれおり(tapestry)」です。

ディックとキャロル・キング??
なかなか腑に落ちない組み合わせでしたが、歌詞を読み込むと、実はそうではないことがわかりました。


つづれ織り

私の人生は鮮やかで高貴な色合いのつづれ織り
変わり続ける景色、終わりのない眺め
青と金色の不思議な織りの魔法
つづれ織りは、見て触ることはできても、
留めることはできない

昔、空に漂う柔らかく銀色の哀しみの中から
運命の男がやってきた
彼は通りすがりの流れ者
鞭打たれた素肌に穴だらけのぼろを着て
両端が黄色と緑の、色とりどりのコートをまとっていた

彼の動きはおぼつかなくて、
まるでなぜ彼がここにいるのか、どこへ行くべきか
わからないと言いたげだった
一度、木に成っていた金色のものに手を伸ばしたけれど
何も取らずに手をおろした

すぐに、私のつづれ織りの中の、わだちだらけの道の脇で
彼は川辺の石に腰掛けていた
そして彼はヒキガエルに変わった
誰かの邪悪な呪いに落ちてしまったのだろう
私は彼の苦しみを見て泣いた
彼のことはよく知らなかったけれど

私が悲しみながら見つめていると、突然、
豊かなあごひげに隠された
灰色で、お化けのような姿が現れた

深い深い暗闇の中で、
黒い服を着た彼を見た

ここで私のつづれ織りはほどけ始めた
彼が私を連れ戻しにやってくる、
私を連れ戻しにやってくる


、、、、、、、、、。

思わず全部訳してしまいました。


「スキャナー」では、主人公の恋人らしき女性、実は彼女も潜入捜査官だったというオチがつきます。
それでもやはり、彼女が、麻薬でぼろぼろになってしまった主人公を思うというシーンに流れる曲がこれ。「ヒキガエルになってしまった男」の歌はあまりにも状況にぴったりだとおもいます。


しかし、後半部、「彼が私を連れ戻しにやってくる」って、難しいですね。意味がとれない。。。。


綺麗だけど触れないタペストリーのような人生を送っていた女の子が、ぼろぼろに傷ついた放浪者と触れ合い、同情心を感じます。(「恋」にまで行かないのがポイントです)

ここで謎なのが、この後に出てくる黒服をまとった「男」。
前半に登場する放浪者と同一人物なのか、それとも「運命」を象徴する人なのか、、、、。

ともかく、放浪者と出会い、同情したのをきっかけに、夢見る少女だった彼女のタペストリーはほぐれ、現実の世界へ連れ戻されていくのです。
つまり、この歌、どうやら、文学少女が現実と向き合うことの恐怖について歌っているように読めるのですね。


でも、もしかしたら、それは、すばらしいという気持ちも込められているのではないでしょうか。

世間を知り、恋をすることはジャンプと似ています。
ためらっていてはいつまでも新しい世界には行けません。
そんな覚悟の後に、「えい」と、思い切り良く崖から身を投じること。

そのジャンプは、恐ろしくもあり、すばらしくもある、というふうに、読みたい気がしています。


ところで。

小説のあとがきには、ディックの友人の、麻薬で死んでしまった人、廃人になってしまった人の名前がずらりと並べられます。

自身も麻薬に溺れ、また若い友人に自宅で麻薬を提供していたディック。その是非は一言では断じられないのですが、その結果親しい友人を何人も失ってしまったディック自身の深い喪失感が、小説にはにじんでいます。

ひさしぶりの投稿です。
なかなか調子が出ませんが、ぼちぼち書いていきます。

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2006年8月 6日 (日)

四方へ土下座

みみをすます、更新が滞っています。

実は、引越しに伴って光にしようと申請中なのですが、(今まではADSLだった)、光環境が整うのは8月10日
過ぎということ。

なので、メールも滞り、いろいろな不義理をしております。
今、実家に帰ってきたので、あわてていくつかお返事をしたりしました。

というわけで、ブログの再開も8月上旬、ヘタすると中旬になりそうな気配でございます。
すみません。

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