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2007年2月

2007年2月18日 (日)

声の箱。

ご無沙汰でした。
パソコンがようやく落ち着きました。ハードディスク、電源部、メモリーを新品にするという、つまりは箱以外総取替えみたいな大手術を行った結果です。ふー。
これで一安心と思ったら、今度は仕事が火を吹きだして、、、、。
5月ごろまでは、いつもにも増してのスローペースで更新していくつもりです。


さて、では本題。
赤ちゃんが声を出しはじめのころ、ずーっと声にもならない声を出していることがあります。
自分の喉が震えて音を出すこと。その響きが頭の中に響くこと。少し口の形や力加減を変えると、どんどん新しい音が出てくる、そんな快感。時折、街角でそんな風に声を出すこと自体を遊びにしている子供をみかけると、思わず嬉しくなってしまいます。

そんな遊びにも似た不思議な音、トーク・ボックス(トーキング・ボックスとも)。
ギターの音を変換するエフェクターの一種なのですが、人間の声のような音をだせる装置です。

トーク・ボックスのしくみって、知ってますか?ものすごい原始的なのです。

まず、ギター(なりキーボードなり)を箱の中のスピーカーで鳴らします。この箱にはビニールチューブがついていて、スピーカーの音はチューブを通して外に出るようになっています。で、そのチューブの反対の端っこをくわえてギターを鳴らすと、当然そのギターの音が口の中で響きます。
この時口をしゃべる形で動かすと、口の空間の形や広さが変わることで周波数成分が変わり、ギターにまるでしゃべるようなニュアンスを付け加えることができるのです。
一種ワウをかけたような音なのですが、口で操作するぶんだけ自在にトーン調整ができ、もっと「声」に近い音になります。印象としてはロボット声のボーカルみたいな音が出せます。この音を、ボーカルマイクで拾うわけです。
なんか、SF的な音が出る割には、ものすごく原始的なしくみですよね。


トーク・ボックスで有名なのは、やっぱりザップのロジャー・トラウトマンです。"I Play the Talk Box"なんて曲もあるぐらいです。
以前ロジャーのインタビューを読んだことがあるのですが、スピーカからの大音量で、長く演奏していると頭がボーっとしてくるだの、管から唾液が落ちて機械がこわれるので、ビニールチューブをぐるりと一回丸めて、唾液ストッパーにしているだの。
・・・・・・私もくだらないことをよく覚えてますねえ。

(ちなみに、イエロー・マジック・オーケストラなどが『ライディーン』で、「ヴォコーダー」という楽器を使って「トキオ」とか言ってましたが、こちらの方は、この変化を電気的に行うもので、もっと複雑な仕組みです。)
 (⇒後記:『ライディーン』と書きましたが、『テクノポリス』でした。失礼。)

ザップ&ロジャーのおかげか、なんとなくファンキーな音色が似合うエフェクター、という気がしていたのですが、それを見事に裏切るアルバムと出会いました。

Arnaldo Antunes "Qualquer"

このアルバムを通して、すべての曲でこの「トークボックス」が使われているのです。
ファンク以外のアルバムでは、こんなの初めてなのではないでしょうか。伴奏のギターは、それでも一本調子になることなく、バリエーション豊かな伴奏を聞かせてくれています。
肉声のように繊細なニュアンスのあるギターを弾いているのは、”IRA!”のギタリスト、エヂカルヂ。ギタリストのくせに(くせに、といっちゃ失礼ですが)とても抑え目に、でもアルバム全体の静謐な空気をコントロールしています。最高です。


アルナルド・アントゥネスは、マリーザモンチ、カルニーニョス・ブラウンとの3人でTRIBALISTASというバンドを組むなど、ブラジルポップのもう、重鎮と言っていいんでしょうが、アルバムごとにぜんぜん印象が違う、つかみどころのないイメージがあります。ここでは、アルバムを通して打楽器を一切使わないという冒険的な作りですが、ダウナーなポップスを聞かせてくれます。ただひとつ、変わらないのが声。
このブログでは何度も、レナード・コーエン、細野晴臣など声の低い男性ボーカルへの偏愛を書いていますが、私の低音好きの心に思いっきりヒットしてしまったアルバムでもあります。
昔の細野さんにも似た、低くてよく響く声で、この声を聞くために、ほとんどのアルバムを集めてしまいました。


アルバムを通して連想するのは、「ファイナルカット」( "The Final Cut")あたりのピンクゴロイド。音の共通点はまったくないのですがダウナーな作りが共通点を感じさせるのかもしれません。


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