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2008年3月

2008年3月27日 (木)

南の島の草いきれ(『ワダツミの木』Ⅱ)

カンボジアにある「タ・プロム」は、いったん人々に忘れられた後、100年ほど前に再発見された寺院の遺跡です。
石造りの堅牢な寺院に大きな木が覆いかぶさり、石を包み込んでいます。巨大な石組みは木の力によってゆっくりと動かされ、包まれ、形を変えていったのでしょう。
ごくごくシンプルに、自然の恐さを感じさせる映像です。この木が伸びる様を高速度撮影したら、とても不気味で、でも力に満ちた映像が撮れたしょう。

今、手元にアップできる映像がないので、「タプロム」でGOOGLE画像検索をしてみてください。
何枚か写真を見れば、私が感じた恐さが判ってもらえると思います。


そして。
ボッティチェリの有名な絵で、『春』というのがあります。

Bottecelli

この絵は部分ですが、右側の女神の口からこぼれているのは花。私は、この絵にも、「タ・プロム」と同じ畏れを感じてしまいます。
この絵にはいろんな解釈があるらしいのですが、私は、天使が声をかけたせいで体の中から花が押さえきれないほどの強さで咲き零れてきたのだ、だからこの絵は、女性が花の女神「フローラ」になろうとする瞬間を捉えたものなのだという解釈が気に入っています。


スピードは目に見えないほど遅いのに、抗いがたいほど強い力で変容させていく木の生命力。普通、「オーガニック」といえば穏やかなもののように感じるかもしれませんが、こうした激しい力もやはり「オーガニック」としか言いようがないものです。

ずいぶん長いマクラでした。
今日、またなんとなく元ちとせの「ワダツミの木」を聞いていて、前回2年前の記事では言い切れていなかったことを感じたので、今それをなんとか文章に落とし込もうとしています。

この歌は、昔話によくある、起源説話のかたちをとっています。
例えば、『海の水はなぜ塩辛い』というお話で、「塩を無限に吐き出す石臼が海に落ち、今も臼が回り続けているので海の水は塩辛いのです」と説かれたように。

この歌は何の起源を説いているのか、というと。

まず、1番では、恋を成就させるため、死も恐れず海へ漕ぎ出した恋人たちが女の子の目線で描かれます。
やがて、「同じところをぐるぐる回って」と、二人の遭難が暗示される。

2番では、語り手の女の子は、海(たぶん、荒れ狂う海)に落ちて命を落とします。
(それでも、「私の足が海の底を捉え 砂に触れたころ」と、女の子の目線で語られ続けます。この凄み。)

やがて彼女の髪は枝になって、大きな花をつけます。
そして、星に照らされた木は伸び続け、

「優しく揺れた水面に 映る赤い花の島」

と、うたの最後には木になった彼女は大きく、大きくなって、島を覆いつくすほどの赤い花を咲かせます。
しかも、最後まで女の子の目線で語られることは変わりませんから、普通の人間の女の子が、死と同時に島を覆うほどの神様の視線に変容するさまが描かれてもいるのです。


この、赤い花でいっぱいの島をイメージしたとき、そのゆっくりでありながら誰にも止められないような植物の強い力に、カンボジアのタ・プロム遺跡を思い出したというわけでした。

こんな神話のような話、絶対に普通に思いつけるはずがないだろうと思いました。そして、海に生える木ならマングローブだろうと思って調べてみたのですが、(そして、確かにマングローブの花は紅いのですが)、上田さんが下敷きにしたような伝説は見つかりませんでした。

でも、これが『マングローブが海に生えるわけ』という「お話」として語られても、全く違和感はない。

これは作者上田現さんの頭に初めて宿った物語なのでしょうが、そうだとしても、その話は、みんなに語り継がれるだけの神話的力を備えていたのです。
本当に、私たちは惜しい人を亡くしてしまったと思います。

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2008年3月24日 (月)

さよなら上田さん

今日、ネットで上田現さんの死を知りました。

「かねてより病気療養中であった上田 現ですが、肺がんのため3月9日午後5時15分
永眠致しました。
一昨年末の発症以来、「腰痛」という公表のもと、完治を信じて、それこそ驚異的な努力を続けてまいりましたが、残念ながら47歳の誕生日を過ぎて間もないこの日、旅立っていきました。
ここに謹んでお知らせ申し上げます。
来たる3月13日午前11時より、千日谷会堂(JR信濃町駅 徒歩1分)に於いて仏式により告別式が執り行われます。
本人の希望でもありますので、少しでも多くの方々にお見送りをしていただけたら幸いに存じます。

平成20年3月10日
株式会社ミュージック・タブロイド
代表取締役 河原田仁志」

彼のサイトからの引用です。
告別式には本当に行きたかったのだけれども、間に合いませんでした。

このサイトのトップには、上田さんの名曲「ハーメルン」のビデオがアップされています。
レピッシュのころから上田さんの曲だけが好きでした。彼の曲は、レピッシュの頃から独特でした。なんというか、そもそも歌が生まれてくる背景が違うのです。「ハーメルン」も、上田さんのその独特の世界観から生まれ出た歌です。

歌のモチーフとなったドイツ民話「ハーメルンの笛吹き男」は有名ですよね。
町の大人たちが男にねずみ退治を頼んだ。笛を吹くとそれについて町のねずみは大移動をはじめ、ねずみたちは最後に溺れ死んだ。でも、退治が終われば町の人は男に約束した報酬を払わなかった、その復讐として男は笛を吹いた。笛につられて子供たちは出て行き、二度と帰らなかった、という話です。だから人には嘘をついてはいけません、という教訓らしきオチもついています。

ところが、レピッシュの「ハーメルン」からは、この「裏切り⇒復讐」という骨格が全く抜け落ちてしまっています。
ある日、町に不思議な楽団がやってきて、町の子供をとりこにしてみんな連れ去って行った。
でもそこに笛吹き男の復讐は一切ありません。そのかわり、この歌は、男に連れ去られる子供たちの視線から語られています。その視線は、こんなふうに冷徹です。

「ずっと笑われてきたんだね
 石を投げられたこともあるんだろう?
 泣き言なんか決して言わないから
 ついて行くよ ついて行くよ ついて行くよ」

子供たちは、芸能の民が差別されてきたことをしっかり見据えながら、自ら選んで差別される道を選ぶのです。
音楽以外に生きる場所はないんだという上田さんの決意が見える、どうしようもなく美しい歌です。

関係ないですが、ドアーズのこのジャケも思い出してしまう。

フェリーニとか、寺山修司とか、江戸川乱歩とか、、、、、
フリークスたちが生き生きとフリークスでいる世界。


上田現『コリアンドル』

Photo

ソロになってからも、「コリアンドル」は大好きでした。このアルバムのジャケット、異常に足の長い椅子が燃える上でアッチッチになっても立ち続ける上田現が、どうしようなく上田現なのです。


彼の作品の中で一番好きだったのは「ワダツミの木」でした。そのことをこのブログで書いたのは、2年前の1月でした。

上田さんの死をきっかけに、今日何度か聞きなおしているうちに、「ワダツミの木」で歌われている情景が、以前よりもはっきりと立ち上がってくるのを感じました。

それは、ここではないどこかへ旅立つ物語でした。

沖縄には、最南端の波照間島(はてるまじま)のさらに南に、南波照間(みなみはてるま・パイパティローマ)島があるという伝説があります。昔、重税に虐げられたとある村の人々が、税もなく食べ物にも困らない「南波照間島」を目指し旅立ったというのです。追い詰められた人たちの集団ヒステリー、集団自殺なのか。それとも、彼らはその天国のような島で今も幸せに暮らしているのか。

『ワダツミの木』は、島の掟で結ばれようがなかった若い二人が、島を捨てて南へ漕ぎ出し、そして(もしかしたら別な世界で)恋を成就する物語なのです。

南の島のロミオとジュリエット。

「今ここ」への深い絶望と、「ここではないどこか」に寄せる強烈な思い。そこへ行けるなら死んでもかまわないほどの。『ワダツミの木』では、まさに『ハーメルン』と同じ、追い詰められた末の痛切な脱出願望が歌われていたのです。


そういえば、村上春樹の小説『国境の南、太陽の西』には、「ヒステリア・シベリアナ」という病気の話が出てきます。シベリアの荒野で毎日毎日同じ農作業を続け、太陽が西に沈んでいくのを見続けてきた農夫。彼の中で、ある日、「何かがぷつんと切れて死んでしまう」。そして、男はある日、西を目指して飲まず食わずで歩き続けて、そして死んでしまう。


でも。
そんなふうに西や南を夢見ながら旅立とうという思いを「うた」として成立させるには、命の限りに西へ歩き続け、そのあとで生きて帰ってこなくてはなりません。
死にそうになるまで西へ歩き続けて、それでも戻ってくる。そして、それを歌にして、また西へと旅立つ。この往復運動から、上田さんのうたは生まれてきたのだと思います。

命がけで「ここではないどこか」を私に見せ続けてくれた上田現さん、ほんとうにありがとうございました。
あなたの歌たちのおかげで、私は今ここにこうしていられます。

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2008年3月23日 (日)

ターバンを巻いた運転手

トム・ハレルを聞きに、ライブハウス「スモーク」へいったときの話。
地下鉄で行く手もあったのですが、店が駅から若干離れていたのと、雪が降り始めていたので、タクシーを使うことにしました。場所は、ブロードウエイ沿い、105番と106番ストリートの間。すごく大雑把に言うとマンハッタン島の北西です。


泊まっていたミッドタウンのホテル近くでイエローキャブを止めて、行き先を告げると、ドライバーはうなづきもせずに走り始めました。
でも、なんか様子が変。運転しながら聞き取れないことをずっと言っているのです。ドライバーはインド系の顔つきでターメリック色のターバンを巻いて、かなりの速度で飛ばしていきます。
あ、電話してるのか、と思って、「誰かと話してるんですか?」と聞いてみましたが、忙しそうに首を横に振るだけでしゃべり続けています。確かに携帯も持っていないし、イヤホンもマイクもないようです。さらに不安になって、「私に何か話しかけているんですか?」と聞くと、その時だけしゃべるのをやめて、「NO!」と一言。とりあえず、走っている方向はまちがっていないけど。。。。
そのとき、もしかしたらドライバーはヒンディー教徒で、今はお祈り中なのかもしれない、と思い当たりました。とりあえずそのまま黙っていると、そのうちに、「ここだよ」と一言。
場所が間違っていないのを確認して、お金を払いながら、「お祈りしていたんですか」と聞くと、無言でうなづく。お金を渡すと、初めて「ありがとう」と笑ってくれて、ちょっとほっとしました。
おつりを返すと、彼はまたお祈りをはじめながら、猛スピードで走り去っていきました。


という前段があって、先のトム・ハレルのライブを聞いたというお話になるわけです。

ちなみに、スモークはとても気に入りました。私が入ったのがファーストステージが終わって間もなくだったので座れないでいると、レジそばのいすを空けて座らせてくれました。そして、先客が帰ったタイミングで、「もしよければ席を替わってもいいよ」と、ステージに近いカウンター席を指差してくれたのです。客層も音楽好きの人たちばかりで、しかもニューヨークは禁煙も徹底しているので、タバコを吸わない私には天国のような空間でした。おすすめのモヒートと、ワインを2杯ですっかりいい気分になってしまいました。

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雪の中に消えていった。

2月末から3月にかけて、ニューヨークに行っていました。
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ジャズが聞きたいなあ。
誰を見ようか迷ったのですが、そんなときは、Village Voice。

「NY版ピア」みたいなものですが、街角のあちこちにボックスがあって、ただで手に入ります。

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悩んでもしょうがないので、このウゴナなんとか、って人に決定。

場所はライブハウス「スモーク」か。

28ドルならまあいいかな。じゃあ、最終の2330のセットにしよう、、、、。

そうしてであったのが、この人、トム・ハレルです。

Tom Harrell "PARADISE"

ハレルさんは、この日はUgonna Okegwo Quintet with Tom Harrellという位置。リーダではありません。
彼がフリューゲルホルンとトランペットを持って現れたとき、彼について全く予備知識を持っていなかったので、ちょっと驚きました。
20センチほどの歩幅でよちよちとステージにやってきて、フリューゲル・ホーンを手にしたまま肩を落としてじっと立っているのです。まるで叱られた子供が教室の後に立たされているような、居場所のないような風情でした。
でも、周りの客もミュージシャンも、それが当然のように自然にふるまっています。
トム・ハレルは、結局そのステージの間、自分の出番が来たときだけうつむきがちにソロをとり、後は肩を落として立ち続けていました。

でも、その演奏は最高でした。真綿でくるんだ弾丸のように、繊細でスモーキーな音質で粒の揃った音が次々とあふれ出て、私は完全にやられてしまいました。派手さを全く排除した、美しい結晶みたいな音。

あとでウエブで調べたところ、精神病のため、投薬をしながらミュージシャンを続けていると知りました。(http://allabout.co.jp/health/mentalillness/closeup/CU20040406A/)
向精神薬を飲むとぼーっとして、演奏するのに支障があるのではと思うのですが、音を出している間は全くそんなことを感じさせない構成力と集中力に圧倒されました。

演奏の途中、トイレに行こうとした女性がいたのですが、トム・ハレルの定位置がちょうどトイレのドアの前だったので困っている様子。すると、トムがカニ歩きでゆっくりドアの前をどいたのが可愛くも面白かったです。

この時はフォービートの普通のジャズが中心でしたが、あとで彼のアルバムを探すと、とんでもなく引き出しの広い作曲家でもあることがわかりました。中でもおすすめはこれ。

Tom Harrell "WISE CHILDREN"

たとえば一曲目のメンバーを見ると、サックス、ピアノ、ベースはいいとして、トロンボーンにバストロンボーン、フレンチホルン、バイオリン、ビオラ、アコーディオンにコンガ、ボンゴ。一体どんな音楽が展開するかと思えば、タンゴ風味のアコーディオンで始まり、ラテンの味付けもありつつ、ちょっと昔のシャカタクのようなメロディーフュージョンぽくもあり、で、この魅力は説明が難しい。しかも、この編成のアレンジまでトムがやっているのです。いったい、どれだけ音楽的引き出しが多いのか、、、、。
ジャケットの写真はたぶん「ムビラ」(カリンバ、親指ピアノ)だと思うのですが、ジャズアルバムのジャケットにこんな写真が使われていることに象徴されるように、多彩な彩りの音楽が続きます。

特筆すべきはゲストボーカリスト。ダイアン・リーブス、カサンドラ・ウイルソンとまで共演しているのです。トム・ハレルがどれほどミュージシャンから愛されているか、わかる気がしませんか。

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ライブを聞いた夜(3月1日)は夜から雪が積もり始めました。演奏を終えて帰るトムさんに、ありがとう、と声をかけると、ありがとう、とほほえんでくれました。雪だから足元に気をつけて、と言ったのは聞こえたんだろうか。

このニューヨーク滞在では、ニッティング・ファクトリーでマーク・リボーも見ることができました。この話も、いずれまた。

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2008年3月22日 (土)

オウムの刺繍

ブログが五月雨になって、そして五月雨と言うには間が開きすぎるようになってからずいぶんになります。
ある時期までは「ブログ、書かなきゃ」と思うこともあったのですが、中断してかなり経つと、逆に「この程度のネタならブログに書くまでもない」と思ってしまって。

でも、それに匹敵するだけのネタが見つかってしまいました。

映画、『ジョゼと虎と魚たち』。

きっと、まめに日本映画をチェックしている人には有名すぎる映画なのだと思いますが、私はごく最近、DVDでようやく見ました。そもそもなんで見ようと思ったのかもあいまいで、たぶん、パッケージの写真(佐内正史さんだった)に惹かれたような気がします。
くるりが担当したサントラのジャケットでも、佐内さんの写真が見事にはまっています。

というぐらいで、全く予備知識なしに見たので、こんなストーリーだとは思っていませんでした。
池脇千鶴が演じる足の悪い女の子ジョゼと、ごくごく普通の大学生(妻夫木聡)がふとしたことで知り合い、惹かれあっていく物語です。
ジョゼは、たぶん学校も途中でやめて、おばあさんと二人暮らしをしているのですが、彼女が外の世界に触れる機会は二つしかありません。一つはおばあさんの押す乳母車に乗っての散歩。もう一つが、近所に捨てられている本を持ち帰って、何度も何度も読むことでした。

この映画を通して、一番私の印象に残ってるのは、ジョゼが着ている服がすごくかわいかったということです。
ジョゼは貧しい暮らしをしているので、たぶんそこらに捨てられている服を拾って着ているという設定。おばさんっぽい服の重ね着が基本です。
でも、実はジョゼは、そうして手に入れた服をすごくていねいにカスタマイズしているのです。私がいちばん好きな衣装は、ジャージの上着の右すそのあたりに大きくスパンコールでオウムをあしらったもので、ものすごく可愛くも独特な服でした。映画の中には服を縫っているシーンは出てきませんが、そのオウムを縫い付けているジョゼのことが思われて、2度目に見たときはちょっと泣けてきました。(とても気に入ったので、結局次の日、また最初から見直したのです。)
クレジットを調べると、スタイリストは、伊賀大介さん。服のカスタマイズも伊賀さん自身が針を持ったらしいので、たぶんオウムも伊賀さんの仕事なのでしょう。気持ちのこもったスタイリングでした。


この映画、ジョゼが作る料理がむちゃくちゃおいしそうでした。ぬか漬け、焼き魚、卵焼きなどなど、定番過ぎるほどの家庭料理なのですが、また妻夫木聡の食べ方がおいしそうで、これはもう、、、、、かなりおなかの減る映画でもあります。
妻夫木さんの演じた男の子が、またすばらしかった。最初は「好きだ好きだ」となりふり構わず愛して女の子の心を捉えて、でもその気持ちが長続きしない、そういう嫌な男の子。妻夫木さんもよく引き受けたと思います。
「自分だけはしないと思ってたのに、俺も心変わりするじゃないか、他人にひどいことできるじゃないか」、と自分の凡庸さに傷つく感じ。自分の心変わりで女の子を傷つけてしまったことよりも、自分が心変わりしたというほうに、より深く傷ついている。でも、そうして傷ついているときに相手の女の子のことは考えていないわけで、やっぱり残酷な男の子と言うことになってしまうのだな。
そんなこんなで、後半はかなりしんどいストーリー展開なのですが、こんなふうにおいしそうにごはんを食べる男の子なら許されててしまう、のかもしれない。。。。

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