« 最高のクリスマスプレゼント | トップページ | 息遣い »

2009年3月18日 (水)

宙づりにされて~映画『チェンジリング』~

お久しぶりです。

昨日、久しぶりに映画を2本見ました。クリント・イーストウッドの『チェンジリング』と、『007慰めの報酬』。
長い長い仕事が終わって、週末まではお休みです。

『007』は、カーチェイスが多くて楽しめました。ちょっとボンドの内面も描いたりしていて、そのため地味でダークな印象が残ってしまうのですが、楽しめますよ。マティーニを7杯も飲んで、ろれつが怪しいボンド、、、、。ベースのジンの銘柄がゴードンだったのが個人的には◎。
ボンドガールはすごくたくましくて、この設定もなかなか。女優さんがよかった。
そうそう、『潜水服は蝶の夢を見る』の主人公、、、、えーと、名前を忘れてしまったのですが、彼が悪役をやっていて、これも面白い。
まあ、『007』の方はそういう感じで。


映画『チェンジリング』には打ちのめされました。
無慈悲な映画。世界が無慈悲なのと同じ意味で、無慈悲な映画なのです。

イーストウッドの狡猾さ(あえて言いますが)は、ハリウッド映画の文法を遵守しながら、本当の絶望をポンと私たちの目の前に突きつけてくることにあります。

平凡な幸せ⇒受難⇒主人公の鋼鉄の意志⇒ハッピーエンド(たぶん)

こんな、ありふれた図式の中に、世界の残酷さをこめること、それがイーストウッドの企みです。(もしかしたら、『許されざる者』あたりから、彼の戦略は一貫しているのかも。)

どっちつかず、という状態がいちばん辛いと思うのです。ダメならだめで、気持ちの切り替えようがあるのに、ダメかどうかの決着がつかないから、気持ちを切り替えられないまま、ずっと宙吊りのままで置かれる苦しさ。


どうやら話の展開上、ストーリーや映画の終わり方に触れないわけにはいかないようです。
今回はネタバレありにさせてください。


物語は、失踪した子供が、やっと5ヵ月後に帰ってきた!と思ったら、全くの別人だったことから始まります。アンジェリーナ・ジョリー演じる母は、息子の無事をひたすら信じて探し続けます。

『チェンジリング』というタイトルは、意味深長です。
Wikkiでchangelingを調べてわかったのですが、「Changeling 取替え子」というのはヨーロッパの伝承で、子どもが妖精によって別な子に取り替えられてしまうこと。前よりもいい子に取り替わってハッピー!となることはあまりないようです。取替え子は、火の中に入れたり、殴ったりすると本当の子供に戻ると考えられていました。

つまり、この伝承は、自分になつかない子、できの悪い子、障害のある子を虐待する時のエクスキューズなのです。こんな悪い子なんか私の子供であるわけがない、だからいじめていい、殺していい、というわけです。

この映画では、その論理を逆手にとって、LAPD(ロサンジェルス市警)の警官が、「自分の子供じゃないふりをして子供を虐待するのはやめろ、息子が浮気の邪魔なんだろう」と言います。
この論理のもと、彼は、母親が、「チェンジリング」にかこつけた児童虐待をしているのだと弾劾するのです。

この映画は、このように、社会が個人に無慈悲に貼るラベリングと、その強靭さを描く映画でもあります。

警察の「お前はわが子を虐待している」というラベリング。
医師の「言うとおりにしないのならお前は精神異常だ」というラベリング。
彼女をずっと応援してくれていた牧師も、「警察の被害者」というラベルを彼女に貼り、社会運動の象徴として利用します。事件が沈静化した後、「(これ以上息子にこだわると世間があなたを異常と見るから)もう息子のことは忘れなさい」と助言してしまうのです。
ラベルを貼る側は、つねに強者です。強者が貼るからこそ、貼られた側はなかなか反論できないし、反論してもラベルが剥げないのです。

しかし、彼女は、あらゆるラベリングにノーを申し立て、息子を探すことを諦めません。
そして、こんなに毅然としたヒロインが、希望を持つが故に、常に打ちのめされ続けるのです。その打ちのめされ方が最低にひどい。


映画は、エンディングに向けて、「息子は生きているのか」にフォーカスしていきます。ところが、殺人鬼は、息子を殺したかどうか、証言を2転3転させ、あげくの果てに、そのことに口をつぐんだまま死刑にされてしまいます("Did you kill my son?")。
そして、最後には殺人鬼から無事逃れた少年が登場し、いよいよ息子の生死は不明確なものになっていきます。
映画は、最後まで、息子が本当に死んだのか、明らかにしてくれません。

息子が見つからない、というのは、形を変えたハッピーエンド、というのがこの映画のスタンスのようです。
実話をもとにしているというところが、この映画のずるいところです。
「死んだと決まっていないんだから、息子を探し続けるわ」、というエンディングは、ハリウッド映画の鉄則「希望」を踏襲しています。
しかし、映画ラストのコメントで、「彼女は生涯息子の生存を信じ、探し続けた」と言われると、(そしてそれは実話なのです)、、、、。
彼女は、生涯、息子探しという地獄に放りだされたままだったということになるのです。

、、、、、。
でも。
今思いなおしました。これは、地獄なんだろうか。

今や、ハッピーエンドって、こんな形しかありえないのかもしれません。

たとえば、あるカップルを描いた映画があったとします。
映画中に何度か危機的状況があって、二人はそれを乗り越えてゴールイン、でめでたしめでたし。。。。。。

でも、そんな映画を見ても、やれやれハッピーエンド、とはなかなか思えないんですね。
結婚前にあれだけすったもんだした二人なんだから、結婚をしたとしても、きっとその後もいろいろ事件はあるだろうし、場合によっては別れちゃうかも、と思ってしまうんです。だから、ハッピーに、あらゆる問題が解決されたかに見えても、なんだかすっきりしない気分で映画館を出ることになります。

二人の物語は、結局二人ともが死んでしまうまでは終わらないのです。

そういう意味では、「チェンジリング」の終わり方、つまり、「息子が死んだかどうかわからない、でも生きている事を信じて探し続ける」、という、"open"な終わり方は、最もリアルで誠実なエンディングなのかもしれないのです。

なんだか、久しぶりの投稿なのに暗い話になってしまいました。

が、映画は様々なところがハリウッドマナーで、最後まで楽しめる映画、ともいえます。さすが、イーストウッドです。
私がどきどきしたのは、犯人がいるかもしれない鳥小屋を警官が捜索するところ。
無造作においてあるたくさんの刃物が何度もクローズアップされたあと、わざと警官たちの背中方向が見えにくいフレーミングでカットが重ねられます。
見ているこちらが、「背後から誰かが襲い掛かってくるんじゃないか、もっと部屋全体を見わたしたいっ」というサスペンスに耐え切れなくなったところで、鶏が背面から突如フレームイン。

あれは、どっきりしたなあ。

・・・・
今回の記事で、いちばんネタバレしちゃダメなのは、この鶏の話かも。

|

« 最高のクリスマスプレゼント | トップページ | 息遣い »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/96993/44323772

この記事へのトラックバック一覧です: 宙づりにされて~映画『チェンジリング』~:

« 最高のクリスマスプレゼント | トップページ | 息遣い »