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2010年1月

2010年1月 3日 (日)

知覚の扉の向こう側~色覚について(4)

年が明けました。
つい昨日かな、村上春樹の『1Q84』、続巻が4月に出るという記事を新聞で読みました。一時は夏と言う説もあったようですが、ずいぶん早まりましたね。
しかし、早まるぶんには大歓迎。
以前、このブログでは「続編は出ない」と予測する記事を書いてしまいましたが、出るとなると待ち遠しくてたまりません。

さて、ずいぶんご無沙汰しておりましたが、仕事関係がいろいろ忙しいのと、ツイッターなどのアウトプットができて、それに時間をとられていたという事情があり、こんな長期の休眠状態になってしまいました。まあ、今後もここで書きたいことが出てきたら書くという姿勢に変わりはありません。どうぞ今後ともよろしくお願いします。


では本題です。


さて、もうかなり前になるけれど、色覚異常が「治る」かもしれないという、驚きの記事を読みました。
全文引用すると著作権的には微妙なのですが、ソースを明かすために大事と思ったのと、しばらくすると聞けてしまう恐れがあると思うので、あえて引用します。
こちらが下記記事のリンク元、そしてこちらが雑誌『ネイチャー』へのリンクです(英語)。

(以下引用)
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色覚障害のサル、遺伝子治療で16色を識別
2009年09月17日 14:11 発信地:パリ/フランス

【9月17日 AFP】色覚障害を持つサル2匹に遺伝子治療を施し、すべての色を識別できる色覚を持たせることに成功したと、米ワシントン大学(University of Washington)などの研究チームが17日の英科学誌「ネイチャー(Nature)」に発表した。ヒトの色覚障害治療への応用が期待されるという。

 赤と緑が区別できない色覚障害は、遺伝情報におけるたった1回の変異で引き起こされると考えられており、男性の5~8%、女性の約1%が色覚障害者といわれる。

 研究チームは、生まれつき色覚障害のある成体のリスザル2匹を、1年以上かけて訓練。タッチスクリーンに表れた色の境界を正しくなぞることができたら、ごほうびのグレープジュースを与える方法で、16色の識別テストに回答できるようにした。

 その上で、赤い光を感知する視物質の遺伝子を風邪ウイルスに組み込み、これをサルに感染させることで、遺伝子を網膜の細胞に取り込ませた。

 この治療から約20週間後、2匹はすべての色を認識できるようになり、この状態は2年以上続いたという。

 色覚障害を持つ霊長類で、網膜のすべての光受容体が完全に回復した例は、今回が初めて。先天性の視覚障害は治癒不能という一般概念も覆されることになった。(c)AFP


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(以上、引用終わり)

というわけで、「風が吹けば桶屋が儲かる」、、、、じゃなくて、「風邪をひいたら色覚異常が治った」という、一見冗談みたいな話なのですが、ネイチャーに掲載されているということは、きちんと科学的な検証を経た上での大発見だと思われます。

うまく人間にまで展開できれば、これは楽しいことになりそうですね。
しかし、色覚が拡張されるというのは、実際にはどういうものなのでしょうか。
上記の実験で言えば、今まで「自分にとっては」同じ色だったはずの赤と緑が、自分に「赤センサー」ができることによって、赤が違った色に感じられるようになるということですね。


ところで、これ、認知系の哲学には、かなりインパクトのある発見なのではないでしょうか。
整理されていませんが、二つのことを思いついたので、メモしておきます。

1)
たとえば、色覚異常の私に、今まで見えていなかった赤色が「見え始める」ということは、「赤」という感覚・経験が、私にとって「取り出せる」、つまり「科学のまな板の上で操作可能なものになる」、ということです。
これは、他者との感覚の違いを縮める、テコになるのではないか。

もちろん、この治療で色覚が拡張されるとしても、他者と自分が同じものを見ているかどうか、確証できないことは同じです。相変わらず、私の思う赤と、あなたの思う赤が、同じという確証は得られないのは変わらないので、個人の感覚がブラックボックスなのは変わりませんけれども。

2)
「我思う、ゆえに我あり」というデカルト的出発点からすると、「我」が「思う」のは無前提な出発点であって、これを誰かに操作されるというのは、あまり喜ばしいことではありません。
ところが、我の思うその方法が、手術とかの外的働きかけで変わってしまうことが示せるとしたら。
この2)についてヒントになりそうなのは、ヒッピームーブメントの頃、LSDなどのドラッグを使って知覚を開放する道を探った一群の学者たちです。
ハクスリーは、LSDで「知覚の扉」を開けとアジテーションしました(ドアーズのバンド名は、この「扉」に由来することは有名な話です)。

感覚を、たとえば薬を使って物理的に変えることで、デカルト的な人間観は全くひっくり返されてしまう気がしています。このことについて、彼ら学者はどう語っているのか、とても興味が出てきました。


なんだかまとまらないけれど、ハクスリー周辺の本など、少し勉強しつつ、感覚の拡張について、もっと深めていけないか、がんばってみます。

アイディアだけなので、たいへん論理を追いにくい文章になってしまいました。
今後はがんばりますが、この話、私の手に負えないのかなあ。

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