ファッション・アクセサリ

2011年10月 2日 (日)

ホワイト・ドラマ

STYLE.COMの、コム デ ギャルソンの評論が素晴らしかったので、翻訳してみました。
Comme des garcon 2012ssについての記事です。

http://www.style.com/fashionshows/fullscreen/S2012RTW-CMMEGRNS/


PARIS, October 1, 2011
By Tim Blanks

今回に限っては、川久保怜の新しいコム デ ギャルソン コレクションでの謎めいたヒントが完全に理解できた。ショーの公式なキーワード(summation)は「ホワイト ドラマ」。ショーは、人生のドラマティックな停車駅を、順に辿ってゆくように感じられた;すなわち、誕生、結婚、死、超越を。
それぞれの白をまとう瞬間を飾りつつ、明確な儀礼性を付け加えるもの、それが伝統(tradition) だ。伝統は、川久保の白に満たされたコレクションに魅力的な共鳴(echo) をもたらしている。
ウエディングドレスの高級サテン地(duchesse satin)や、洗礼用のガウンのように明瞭な共鳴もあれば、白い花の中に置かれた遺体や、セビリアのセマナ・サンタ(Semana Santa,聖週間)の期間に高僧がまとう頭のとがったローブのように、もっとおぼろげな共鳴もある。

衣服の儀礼的厳粛性と、(ショーでの)衣服の厳かな見せ方からは、もうひとつの共鳴も感じる。それは、50-60年代のクチュールからの影響だ。その影響は、2012年春の中に深く埋めこまれている。もっとはっきり言うと、とても信心深く、クチュールという工芸を魂の探求というレベルまで高めた男、クリストバル・バレンシアガのスピリットがあるのだ。バレンシアガは、完璧な袖の中から、魂の救済を見つけられると信じていた。
袖が今回のコムデギャルソンのコレクションの特徴的ディテールであること(長く、広く、ほとんど床近くまで落ちている)は偶然の一致だろうし、ショーが救世軍の建物で行われたことも偶然の符合だろう。
それでももちろん、あなたはこれが偶然の一致などではないと信じるだろうし、結論として、不可避的に件の結論に達するのは簡単だろう。すなわち、プレゼンテーションが霊的次元に達しているということである。

これは、今年日本を襲い、今なお毎日行われている生と死のドラマに対する川久保の反応である、と言いたい誘惑にも駆られる。
しかし、このショーについてそう言うのは、その根本テーマにもかかわらず、いかめしすぎるように思う。ショーは、ひょうきんなディテール、たとえば3人のアーティストから提供されたヘッドギアや、(ヴィヴィアン?)ウエストウッド風のスカートの張り輪、俗な雰囲気のレース入りの下着でアクセントをつけ(spike)られている。
白いブーツは原子炉の技術者が履くものかもしれない、しかし同時に、それらは熱狂的な60年代のクチュールでもありうるのだ。


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服は直接STYLE.COMをあたっていただくとして、参考資料です。


洗礼用ガウン(christening gown)
http://www.babygiftsandclothes.com/christening_gown.html より引用

Christening_dress


セマナ・サンタ
http://www.spain-column.com/2006/08/_vol10.html より引用

1001


バレンシアガのクチュール

Balenciaga

以下、元記事。

Comme des Garçons Spring 2012 Ready-to-Wear

PARIS, October 1, 2011
By Tim Blanks
For once, Rei Kawakubo's cryptic clue for her new Comme des Garçons collection made perfect sense. "White drama" was a precise summation of a show that felt like it tracked a progression through life's dramatic way stations: birth, marriage, death, transcendence. Tradition drapes each of those moments in white and attaches distinct rituals to them, which set off some fascinating echoes in Kawakubo's all-white collection. Some were as obvious as the duchesse satin of a wedding dress or the lace of a christening gown; others were more oblique, such as a reference to a body laid out in white flowers, or the pointy-headed robes worn by church dignitaries during Seville's Semana Santa.

The ceremonial grandeur of the clothes and the stately way they were shown felt like yet another echo of the fifties/sixties couture influence that has insinuated itself into Spring 2012. More specifically, there was the spirit of Cristobal Balenciaga, a deeply religious man who elevated the craft of couture to the level of spiritual quest. He believed he could find salvation in the perfect sleeve. It was probably coincidence that sleeves were the signal detail of the Comme collection (they were long and wide, falling almost to the floor), just as it was probably coincidence that the show took place in a Salvation Army building. Unless, of course, you believe there is no such thing as coincidence, a conclusion that was easy to reach given the presentation's inescapable spiritual dimension.

It was tempting to see in that a response by Kawakubo to the disasters that afflicted Japan this year, with life-and-death dramas still being played out every day. But that sounds unduly solemn for a show that, for all its grand theme, was still spiked by drollness in details such as the headgear contributed by three different artists, the Westwood hoops, and the lacy lingerie trims that introduced hints of carnality. Yes, the white boots might be worn by technicians in a nuclear reactor. But equally, they could be sixties couture a-go-go.

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2008年7月26日 (土)

額装の脅迫状

行ってきました、CDGHP。
Comme des Garcon Homme Plus の新シーズンはロンドンパンクの象徴的デザイナー、ジェイミー・リード(Jamie Reid)のグラフィックを多用しています。

ジェイミー・リードといえば、やっぱりセックス・ピストルズのジャケットでしょう。
ヴィクトリア女王の写真や、活字をコラージュして、一種「脅迫状」のような独特の世界です。

ほとんどの服に大きなタグが背中や胸に貼り付けてあって、保守的な私にはちょっと勇気がいるデザインでした。
ニットで、「当店、今週のみ万引き歓迎」という、挑発的なコメントが編みこんであるものがありました。陳列されていると面白い(んだけど、着用すると意味不明)。メッセージのありようはまさにパンク精神です。

でもモノとしての完成度は高くて、とても綺麗。額装された脅迫状のようでした。
ピン止めされた歴史の標本、、、、。そう思うと、ちょっと手放しで誉められないような、微妙な気持ちです。

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2008年7月11日 (金)

セディショナリーズ

今日、書店に並んでいるポパイを見たら、コムデギャルソンオムプリュスの特集がありました。

ジェイミー・リードと組んでの、ロンドンパンクの萌芽へのリスペクト。

とても冷静には見られませんでした。
私は音楽はピストルズよりPiL派のエセパンクなのですが、久しぶりにちょっとしびれました。

ノーマークだった自分を悔やみます。
明日、ショップに行ってきますが、実物はどんな感じなんだろう。

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2008年6月29日 (日)

心の水着

なにかとお騒がせのオリンピック水着ですが、こないだNHKの朝のニュースを見ていたら、オリンピックで着用されるSPEEDOの水着のデザインをComme des Garconの川久保玲さんがしたそうです。

書家井上有一の作品「心」の文字を水着の右側にあしらったデザインです。
川久保さんによれば、最後までその文字を「水」(だったかな)にしようかどうしようか迷ったが、選手が競技の最中もっとも大切にするのは心だろうから、そちらを選んだとのことでした。
水着の構造上、色を変えられない部分があったり、かなりデザイン上の制約があっての仕事です。にもかかわらず、オリンピックという世界の舞台で、どの民族にも受け入れられるような明快なコンセプトを提供するというのは、さすが川久保さんだなと思いました。その嗅覚と、落としどころの鮮やかさ。

ニュースでは試作段階のデザイン図も撮影していて、心の文字は共通ながら、各国の国旗をデザインに取り入れることを報じていました。国旗をデザインのためゆがめたり、バランスを変えたりするのは結構慎重にする必要があると思うのですが、こういうところでも挑戦をしているということか。
実は結構マジメに、トラブルにならないのを祈ってます。

今日は簡潔にして完結。なんかブログっぽくて、こういう書き方もいいなあ。

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2008年4月13日 (日)

ビジネスをデザインする。

コム・デ・ギャルソンの川久保玲さんと、カジュアル衣料会社のコラボレート。
最初は、なんじゃそりゃ、と思ったのですが。。。。。。


ネットの細道で遊んでいたら、こんな記事を発見しました。
4月3日に発表されたことなので、既にみなさんブログで書きまくっていて、もう今更感もあるのですが、とりあえずこれがH&Mのサイトのプレスリリースです。

スウェーデンのカジュアル衣料『H&M』がこの秋日本に進出を決定。そして、この秋の”ゲストデザイナー コレクション”をコムデギャルソンの川久保玲がクリエートする事になった、との記事です。

H&Mは、(さっきネットで調べたら)世界小売業者会議(World Retail Congress)で、ヨーロッパの小売業でもっともブランド価値を持つ小売業者と認定されたほどの会社だそうです。
H&Mは、これまでにもKarl Lagerfeld(カール・ラガーフェルド)、Stella McCartney(ステラ・マッカートニー)、Viktor&Rolf(ヴィクター&ロルフ)、Roberto Cavalli(ロベルト・カヴァリ) を迎えて同様にゲストデザイナーコレクションをしていますが、そういうファッション界で高い評価を受けた人とのコラボもブランド戦略の一つなのでしょう。


さて。
上記のプレス・リリース(つまり、H&Mがマスコミに発表した記事ですね)を見ると、H&M側は『川久保さんは、長い間私たちの「ウイッシュリスト」の一番でしたので、私たちとのコラボレートを決心していただき、たいへん緊張しています。」と最高の敬意を表しています。
「ずっとウイッシュリストのトップだった」、という言葉は、「誰もやったことがないことに挑戦しないと意味がない」と常に言ってきた川久保さんが、5組目の「ゲストデザイナー」になることへの配慮を含んだ微妙な発言でしょう。

一方、川久保さんのコメントはこう。
「私は「クリエーション」と「ビジネス」のバランスをとることにいつも心を砕いてきました。このジレンマがあるとき、私は常に「クリエーション」の方を優先してきました。H&Mさんと組む事は、魅力的な挑戦です。なぜなら、そのジレンマを最高に高め、そして解決するチャンスだからです。」

このプロジェクトの最重要課題は、(クリエーションを最優先にするのではなく、)クリエーションとビジネスのバランスを取ることである、と読めます。つまり、儲けのことを無視する事も厭わなかった川久保さんが、初めて、創造と儲けをともに満たすという難題に立ち向かう、という意味で「挑戦」なわけですね。
まあ、これは「企業だから当たり前だろ!」という声も飛んできそうな話です。ちょっと意地悪な見方ですが。

でも、制作の裏側を想像するに、コトはそう単純でもないでしょう。

まずは、1着あたりのコストが違うでしょう。スケールメリットがあるのでデザインにお金はかけやすいかもしれませんが、縫製や素材でどこまでわがままがいえるのか。(それともスケールメリットがあるから、オリジナル素材も安く使えるという逆転が生まれるのか?)
また、たぶんこっちの方が大きな問題でしょうが、一つのデザインで作る服の絶対数がケタ違い。そういう中で、イメージコントロールはどうしていけばいいのか。
そして、会社の規模も理念もビジネススキームも全く違う会社とのコラボ。たぶん、CDGという会社は、今までのコラボとは比べ物にならない強力なプレッシャーと闘う事になるでしょう。

こう考えているうちに、最初は巨大な衣料会社と組むなんて安易じゃん。、、、、と川久保さんの決断に批判的だった気持ちが変わってきました。
資本では比べものにならないH&Mと組む上で、ビジネス的な失敗はしませんと発言する川久保さんが、なんだか雄雄しく思えてきました。


最近のクリエーションを見るにつけ、なんか最近のCDGのデザインに釈然としないもの(自己複製感)を感じていたのですが、彼女の次の挑戦は、ビジネススタイルをデザインすることなのかもしれません。

今回の答えは、服の中にはないかも。
露出や展開、イメージの演出など、服ではないところで、きっとこれから先にいくつもの衝撃があるような期待を感じています。

秋に、びっくりさせてくれるのか、がっかりさせられるのか、久しぶりにCDGが気になってきました。
ちょっと不安ながらも楽しみです。

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2006年10月10日 (火)

傘がない

竹の柄で真っ黒の、コム・デ・ギャルソンのお気に入りの傘があります。若干高かったはずですが、もう十年以上使ってモトはすっかり取れています。何分物持ちがいいもので。
骨は全く大丈夫なのですが、さすがに布がヘタり、黒い布の所々に色抜けが。
そこで、仕事が早じまいした日、お店に、布の取り替えができるか聞いてみたら、そもそも、販売中止になっていました。
修理出来るかは調べてくれるということでしたが、いつでも売っていると信じていたのに、ショック!!

この衝撃、説明するのが難儀なのですが……。

ファッションブランドというのは、常に新しい試みをし続け、同じことをしないことが存在理由。中でも、ギャルソンはそれを特に突っ張って頑張ってきたブランドです。

なのですが、その一方で、手仕事を大事にする姿勢も徹底していました。ショップに並ぶ財布、傘は常に同じ。また、ボタンについては、服がいかに変わろうと、頑ななまでに同じ貝ボタンか水牛ボタンを付け続けて来たのです。(一部製品を熱加工したものはデザインとして別のボタンを使うことがありましたが。)

でも、傘の生産停止を私が知らなかったのが象徴しているように、その財布を、傘を、買い続けることで支えていなかったわけで。
残念という資格もないのが残念です。

ボタンだけは今も昔と同じ。


コンピュータ、まだ直りません。週末、ハードディスクを取り替えるという連絡がありました。一体どうなることやら。

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